「野 鳩」稽古場レポート
次世代の若い表現者を発掘し、新しい表現の実験的な場を提供しようとするのが、このガーディアン・ ガーデン演劇フェスティバルのコンセプト。厳しいコンペティションを勝ち抜いて選ばれた三団体が、果たして本番でどのような作品を創り出すのか? そしてその稽古場の実態は? 今年も例年同様、前回出場団体の主宰者が、稽古場をこっそり覗き見。作品の裏側に秘める真実を赤裸々にレポートします。
第三週目は「野鳩」。稽古場に「チェルフィッチュ」主宰の岡田利規氏が潜入しました。






レポーター:チェルフィッチュ 岡田利規さん


岡田:野鳩がどういう芝居をやってるところかってのは、話では聞いていたんですけど、 直接観たことがなくて、今回のレポートのために、ネット上に上がってる公開審査会の質疑の内容には目を通して来たんですね。 その中で(審査員の)堤さんから「素人を俳優として使ってるけど、 ああいう風に舞台上にいることに彼ら自身は問題は感じてないのか?」っていう質問があって、僕はそこにすごく興味を持ったんですよ。
水谷:はい。
岡田:それはどういうことなのだろうかと思って。
水谷:はい。
岡田:そんなわけで今日、稽古場にお邪魔して稽古を拝見したんですけど、観た人から、よく「下手」って言われてると思うんですが。
水谷:そうですね。
岡田:でも水谷さん自身は「下手」だとは思ってないですよね。
水谷:思ってないですね。
岡田:稽古見てて分かりました。だから何が聞きたいかっていうと、そうだな、……水谷さんは、野鳩をどう思っていますか?
水谷:どう思っているか? あの……、わざと下手を演じさせているつもりも無いんですけど。
岡田:ですよね。
水谷:何だろうなー。うーん……、何でしたっけ? 下手?
岡田:下手って思ってないですよね。
水谷:だったらどう思っているかってことですか?
岡田:じゃあ、いわゆる「上手い」ってことについてどう思っているかとか。野鳩が「下手」って言われるのと同じ価値観で、 「上手い」って言われ方をする演技がありますよね。
水谷:はいはいはい。
岡田:例えばその「上手い」に対してどう思っているのかとか。
水谷:そうですね。あの……、要は大きい声出して、いい声出して……みたいな演技っていうことですよね。
岡田:まあそれも含めて。
水谷:多分、そういう演技にはまったく興味が無いっていうか、むしろ嫌いで。 かといって、いわゆるただの「脱力」みたいなダラダラやるっていうことにも、そんなに興味が無くて。 うーん……、こういう演技にしようって目標があって今みたいな感じになった訳ではないんです。
岡田:水谷さんって動きに関する自分のセンスをはっきり持ってますよね。それがパッと浮かんで演出してるじゃないですか。
水谷:そうですね。明確に「浮かんでくる」っていう感じですね。答えとは関係ないかもしれませんが、好きってことでいえば、 演技じゃないんですけど、漫画が好きなんですよ。
岡田:はい。
水谷:しかも今の漫画じゃなくて……、今の漫画も好きなんですけど、特に好きなのは昔の漫画で、 例えば、楳図かずおとか、好美のぼるっていう人とか、森由岐子とか。そういう人達は、 いわゆる恐怖漫画を描きながらも、読んでいるとどうしても笑えるっていう部分があって、そういう感じがすごく好きなんですよ。
岡田:僕はその辺の漫画家は全然知らないんですけど。
水谷:知らないですか。
岡田:それは、今読むから笑えるってことですよね。
水谷:そうですね。多分そうだと思います。
岡田:リアルタイムで子供が読んでも、笑えるものとかっていうことじゃないんですよね。
水谷:ではないと思いますね。いちおう恐怖漫画として描かれてるものだし、多分、子供たちは怖がって読んだのだと思うんですけど、 今、それを読むと、「何だこれ!」って(笑)。多分、作家は本気で描いているんだけど、それを今読むと笑えるっていう感じがあるんです。 そういうのが好きなので、その感じをあざとくなく見せたいなっていうのがあります。
岡田:何ていうのかな? 稽古見てて思ったのは、抑制を利かせてるっていうか、 あんまりにも「やっちゃってる」感じがする演技には「それはやめてくれ」ってちゃんと言ってたのが、なんていうか、 僕が勝手に思い描いていた野鳩のイメージと違ってて……きちんと作ってますよね。
水谷:(笑)そうですね。
岡田:失礼か(笑)。
水谷:いや、多分、そうだと思います。
岡田:フフフ(笑)。
水谷:そういう感想が正しいんだと思います。
岡田:役者に自主練習をさせたりする団体とかありますよね。逆にさせないところもあると思うんですけど、野鳩はどうですか?
水谷:しないですね。僕がいないと稽古場は成立しないので、基本的に自主練習っていうのはないです。ただ、台本が遅いので、 ある程度演出をつけた部分は役者が繰り返して馴染ませるというか、そういうことはありますね。
岡田:今日のシーンは何回目ですか?
水谷:今日のシーンは初めてです。
岡田:初めてなんですか。じゃあ、僕らが来る前に演出つけちゃってたんですか?
水谷:いや、つけてないですね。今日稽古していた「握手」のシーン以降は、今日、初見でやったところです。
岡田:そっか。……すごく細かいですよね。
水谷:そうですね(笑)。そうは見られないですけど。
岡田:人に稽古を見られるって緊張しますよね。
水谷:緊張しますよね(笑)。今日、初めて見られました。
岡田:見られると、今は自分の演出家としてのパフォーマンスの時間なんだ、みたいな意識になっちゃうんですよね。
水谷:そうですね。
岡田:稽古にはあんまり準備してこないタイプですか?
水谷:来ないです。
岡田:あ、俺もそう(笑)。
水谷:そうなんですか(笑)。書くときは漠然としたイメージはあるんですけど、やっぱりそれは実際にやってみると上手くいかないですよね。
岡田:水谷さんと僕、いろいろと似てるから、理解できるとこが多くて、あまり聞くことが無いかも。
水谷:似てるっていうのは、具体的にはどういうところが、似てます?
岡田:えーと、俳優の演じる時間が流れやすいものになるように、みたいなことを第一に考えて作ってるところありますよね。 自分のビジョンに合わせるようにやってくんじゃなくて、役者がきれいに流れるっていうか、面白く流れるために、 ホンも変えちゃうというか、そもそもそこまでのビジョンが無い、というか。あと喋り方とかも似てる。
水谷:喋り方(笑)。
岡田:演出してるときの、態度とか。
水谷:あははは(笑)。逆に違うなって思ってところは?
岡田:僕の方が抑制が無いなと思いましたね。稽古見てて、「俺ならこれOKなんだけど、水谷さんはNGなんだー」って思ったところが結構ありましたね。 たとえば「買い食い?」っていうせりふを言うところで、一度、俺的には最高にいいと思ったときがあったんですよ。 でも水谷さん的にはそれはダメだったから「あー、そうなんだー」と思って。
水谷:それは多分、二回は出来ないだろうなっていうのが。
岡田:(笑)そう言われちゃうと、確かにそうですけど。水谷さんは結構シビアですよね。シビアっていうのは、
意外ときちんとした中でやらせるってことなんですけど。
水谷:そうですね。
岡田:野鳩の芝居って泣けるなあ、って思いながら見てたんですけど。
水谷:泣ける? 泣けるんですかね。でもキュンとはなると思います。
岡田:まあ、イコールかな。
水谷:僕は映画とか芝居とかのフィクションで泣いたことないんですよ。例えば人に漫画貸すときに「泣けるよ」って貸す人とかっているじゃないですか。 それは僕にとっては「泣けるくらいイイよ」っていう比喩なんですね。
岡田:はいはい。
水谷:だから「泣けるよ」って言っても、いわゆる「わー!涙が止まらないー!」とか、そういう感じではない。なにかキュっとなるっていう感じ。
水谷:チェルフィッチュはどうなんですか? 「こっからここの間ならOK」みたいな演出なのか、それとも結構決めた通りにやらないとOKではない?
岡田:人によりますね。行きたい方に行っていい、っていう人もいるし、いちいち細かく決めていく人もいます。水谷さんは?
水谷:んー、稽古場では人それぞれですね。僕が最初から最後まで細かく演出をつけてあげるっていう役者もいるし、 ある程度泳がせといて、自分から出させることもありますね。でも本番はいつも決まった動きを求めます。
岡田:今日の二人は自分から出す方なんですか?
水谷:Sさんはいろいろ出してもらった方が面白い人で、もう一人のSさんには全部つけちゃう。つけてあげちゃった方が、彼女の場合反応が早いので。
岡田:背中を叩くときに、手の平を反らせているところが僕は好きです。あれはいいですね。
水谷:ありがとうございます(笑)。
岡田:とにかく今日稽古を見た感想をまとめると、このテンションで全編が作られているんだったら、何の問題もないなーと。
水谷:おおー(笑)。
岡田:もうランタイムの予定とか、何となく決まってるんですか?
水谷:上演時間? うちはいつもだいたい1時間5分くらいなんですよ。
岡田:いいですねー。
水谷:観る方もちょうどいいんでしょうけど、遅いから書けなかったりもするんですけどね(笑)。



岡田さんからの質問
「野鳩の世界とか稽古中の自分ってどんな感じですか?」

佐伯さち子 …… 段取り確認。
畑田晋事  …… 楽しくやれればいいな。
堀口聡   …… ちょっと、楽しいです。
菅谷和美  …… かわいいなって思います。
山田桐子  …… なるべく言われたとおりに出来るようにしたいです。
小山田花絵 …… よそ者なのでよくわからないです。今模索中です。
佐々木幸子 …… 初めてなので、模索中です。
水谷圭一  …… 役者を見ながらどんな演出をつけようか考えてます。




野鳩の作家で演出家の水谷さんは、映画とか漫画とか、 もちろん演劇も含まれるけどフィクションを見て泣いたことがこれまで一度もないのだという。 ところで僕はこの日稽古していたシーンを見てて、ちょっとジーンと来て泣きそうになってしまった。 彼は自分が泣かないから、目を曇らさずにあるいはヘンに照れることなしに、僕たちの涙のつぼを冷徹に突けるのだ。 しかも彼は泣かせるためにそれをやってないから厭味がない。野鳩はこのスタイルを、絶望の末にやっているわけでないのだろうな。 それはとても素敵なことです。
岡田利規(チェルフィッチュ)