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有名スターの個性を鋭くユーモラスに描く『ぴあ』の表紙イラストレーター

社長の熱意にうたれて
『ぴあ』創刊2年目(1975年)に、当時25歳の社長が直接頼みに来たんです。風呂敷包みに、過去の『ぴあ』を10冊ほど持って。『月刊プレイボーイ』を見ていて気なったイラストレーションのほとんどが僕のだったんだそうです。『ぴあ』は当時6人位の小さな会社でね。情報雑誌そのものがまだ市民権を得ていない時代だったけど、表紙って魅力ある仕事だし、喜んで引き受けました。その頃、昔のアシスタントが『CITY 
ROAD』の編集部で、たまたま彼からも表紙の仕事を頼まれたんです。これも二つ返事でOKした後で、実は『ぴあ』と『CITYROAD』が同じ情報系の雑誌だということを知って、これはまずいと思って。アシスタントには義理もあるから、あわてて『ぴあ』に断りの電話を入れたんです。そしたら、「自分のほうが3日早く依頼したんだから」って社長に言われてね。強引というか(笑)。熱意にうたれたんですよね。それがもう26年も続いてる。まあ、縁なんてそういうものですよね。

遊びと葛藤
『ぴあ』の表紙は、編集部があげたいくつかの候補の中から、「いま誰が光っているか」という観点で選んでいます。僕の絵って多少パロディックでしょ。だから、子供からお年寄りまで誰でも知っている、ポピュラーな人じゃないといけない。僕の情報源はテレビなんです。だからいつもつけていますね。描く時は、アシスタントと編集者が集めてくれた写真を資料にしています。描いているのはいつもギリギリの1週先なんですよ。僕の絵は対象をデフォルメしたりパロディーにしてるから、ファンにとっては嫌な表現になったりするかもしれません。これもね、編集部と葛藤なんですよ。編集部はタレントと接触しなくちゃいけないから、いろいろ言われるんですよね、こういう(過激な)表現はやめて下さいって。それでも僕は言うことを聞かずに多少の遊びを入れるんです。描かれた本人は怒ってるかもしれませんけどね(笑)。逆に面白がってくれる人もいますよ。広末涼子とか、深田恭子とか。タレントの持ってるアイテムや脇役も結構遊んでます。ファンにしか分からないような細かいところを調べてね。例えばミュージシャンが持っているギターでも、その人が一番大事にしているテレキャスターの○番の○○で、つまみはどこにあるっていう細かい部分まで調べて描くんですよ。知ってる人はニヤッとするようなね。そこまでこだわらないと面白くないですからね。 実は美男美女って、描いてもあまり面白くならないんです。ちょっと特徴があったほうがいい。わざと自分のキャラクターを崩している人も面白いですね。ほんとに素材によって苦労は全然違います。何度描いてもうまくいかないときもありますね。なかなかその人が活きてこない。どうしようかって悩むこともあります。これだけ長く表紙を描いていて、結局僕は人間を描くことが好きなんだなと。人を描くことで何かを発していないと僕の絵にならないと思うんです。それは浮世絵を描いているようなものかもしれません。一番難しいのも、一番面白いのも人間ですよ。

26年の変化
ずっと手描きだったんだけど、1年くらい前からマックを使っているんです。線は手描きで、それをスキャニングして、マック上で着色するんです。手描きに思えないくらいきれいに線が出るんだけど、きれいになりすぎちゃうのもどうかなと思う。もう少し「手描きの味」が残ってもいいんじゃないかなってね。色校正をしないで済むし、描きすぎた線をいじることもできるから便利なんですけどね。26年もやっていると時代とともに描き方にも変化はあります。はじめた頃の表紙は、今見ると表情が怖い。 当時はまだ、雑誌自体がミニコミ誌的だったから、どこか肩肘はって描いてたんだよね。学生運動の影響を受けていたり。構えがないと認められないっていうような時代でしたね。今考えるとおかしな話だけど。

2043年までの壮大な「及川ワールド」
やりたい仕事はこれからまだまだあるんです。世界中を描き歩きたいですね。その中に今までずーっと描いてきた人物を登場させながら。労力的にも構想も大変だと思います。仕事も2年位は休まないとできないでしょうね。それが実際にどういう形で仕事になるか予想できませんけど、自分が描きたい世界ですから、まず描いちゃおうって。大げさにいえば、及川ワールドを展開すると。ある時、風呂に入っていて「おまえは104歳まで生きる」って神の声が聞こえてきたんです。だからこの計画は2043年に終わりを迎えるというわけですね。

及川正通