第18回写真「1_WALL」グランプリ受賞者個展
中野泰輔は、身近な人物が自分にはない願望を当たり前に抱いていることに衝撃を受け制作した作品「Hyper≠Linking with…」で、第18回写真「1_WALL」グランプリを受賞しました。審査員からは、「絶望し悲観的になるのではなく、衝撃を受けた体験を客観視し作品へ昇華した」と高く評価されました。
本展では、家族や恋人といった身近な人物の欲望をテーマに、幻想的な色彩の写真を展示します。写真の上にゼリー状の膜を張り独自のイメージを作り上げる作品は、人々を第三者的視点で捉え写します。中野にとって他者の欲望を知ることは、人間の知られざる顔に出会う体験でもあります。それは、世界は場所、時間、ジェンダーや年齢などで簡単に区切ることはできず、一人の人間には想像を超えた多様な側面があることを示唆します。
会期中2月6日(水)には東京国立近代美術館主任研究員の増田玲さんをゲストに迎え、写真と言語の関係性をテーマにしたトークイベントを開催します。グランプリ受賞後から1年後の個展を、是非ご覧ください。
PREV
NEXT
展示に寄せて
母親に対して、「この人は誰なんだろう」と思うことがある。姿形はよく知っている人なのに、中身はエイリアンなんじゃないだろうかみたいな。恋人を見て、「この人は本当に存在するのだろうか」と思うこともある。触る事ができるし、話しかけることも出来るけど、実は幽霊だったりするんじゃないだろうかと。そういえば去年、恋人の車に乗って高速道路を走っている時の事。確か前日から喧嘩をしていて、酷い言い合いをしていた気がする。大きな声で怒鳴られたので、イライラしながら隣を走る車を見ると、運転席に私が座っていた。「やばいじゃん」という気持ちより、「まぁあるよね、あるある」という気持ちが強かった気がする。
窓を開けて何か声をかけようと思ったけれどやめておいた。もう一人の私がいるという事は、母親や恋人に対する疑惑もあながち間違いではないでしょ? と誰かに自慢したい気持ちになってニンマリしていると、また怒鳴られてしまった。
中野泰輔
審査員より
どのように理解していいかわからなくなった内面を
中野は写真でしか出来ない表現を駆使し、
世界に開示してやろうというたくらみをもっている。
そこには身体性をもってアイデンティティを表現する方法が
変わって来るきざしを感じる。
気泡入りの虹色に光るゼラチンの膜でつつまれている写真は、
身体的な繫がりをもったモノや
どうしても切り離すことのできない身内に向かう。
意図的に自らの中でキャンセルすることや
引っかかった磁気テープや記憶媒体でつなぎ合わせ
反復して見つめることで不確かで感覚的な日々を写しとる。
その写真は時間の感覚を混乱させ独自の世界にいざなう。
くしゃくしゃシルバー空間の前に座る母の股から
不可解なアルミのテープが垂れている、
自らのさらけ出しかたを悩み
物事や関係性に対して繊細かつ実験的につむぐことで見つけ出した中野の写真は、
見る者を既視感なき世界へと送り込む。
その世界を積み上げ発見する面白味に気づいた
作家の作品に魅力を感じ期待を持つ。
百々新(写真家)