第23回写真「1_WALL」グランプリ受賞者個展
木原千裕は、恋人の僧侶との関係を彼女が所属する寺から拒絶された出来事をベースにした「Circuit」で第23回写真「1_WALL」でグランプリを受賞しました。審査員からは、作品が扱う問題の多様性や、到達困難な海外の聖地へ向かい撮影する行動力とそれによりテーマを深めたことが高く評価されました。
本展では、恋人であった僧侶を被写体とした作品や、寺の法要風景、仏教を含む多数の宗教で聖地とされるカイラス山の巡礼路で撮影した写真、地元福岡を撮した作品などを展示します。寺に拒絶された葛藤から信仰による救いとは何か、人間の尊厳とは何かを考え、巡礼の旅を通して、また写真と向き合うことで自身を発見していきました。木原の作品は、過ごした時間の長さや親密さに関係なく、人と人との関わり合いによって出来事は紡がれていき、今、一瞬一瞬の自分自身のあり方が、生きることそれ自体であることを示唆しています。
6月6日(月)には、写真家の津田直さんをゲストに迎え、トークイベントを行います。受賞から約一年後の個展を、ぜひご覧ください。
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展示に寄せて
少し先を歩いていたあの女性が熱心に祈りを捧げている。仏教徒だったのか、と今このとき理解した。吹雪の中、標高5000mに達しようとするこの場所で両手と額を何度も地面にこすりつけている。欧米から来ているのであろうこの女性とは初日の宿で同室となった。私に英語力がないことがわかるや否や、彼女は口元をチャックするジェスチャーをし、私の言葉を遮った。驚き、それが何を意味するか理解したあとにはじわりと心を刺していた。旅の間中彼女を遠ざけたのはこの出来事があったからだ。しかし今、目の前に現れた篤い信仰心に、肯定への希求とこれまでの過去の出来事が脳裏に激しく流れ出していた。
木原千裕
審査員より
路から路へ
愛する存在(ひと)を失うことから始まった旅路。朦朧と視界が霞んでいくなか……ぽっかりと空いた心の穴の真中に突如として姿を見せたのは、チベットの聖地・カイラス山へと連なる峰々だった。木原は見失いかけた路をまるで引き返していくように、信仰の源流ともいわれるカイラスへと続く巡礼路に彷徨い込んでいった。日々を紡ぐかのように織り込まれていく都会の喧騒と、塵と砂埃の舞う路が交差を繰り返す。途方もない荒野に祈りと共に小さな歩みを踏み出していく人々を前にすると、「宗教とは一体何なのか」という問いさえも剥落していった。観念よりも体験したことにより、知らず知らずのうちに身に纏っていた衣が、いつになく柔らかく風にたなびいていた。2021年春、木原は桜の木を前に立っていた。散ったばかりの花弁は、かつての感情と重ね合せるように淡い一筋の光を見出し、時を結びながら伸びていった。
津田直(写真家)