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公開最終審査会レポート

2021.11.10 水

11月10日(水)、第24回写真「1_WALL」公開最終審査会が行われました。
「1_WALL」は、一次審査、二次審査を通過したファイナリストが個展開催の権利をかけてプレゼンテーションを行い、その場で審議し、数時間後にはグランプリが決まるコンペティションです。グランプリ受賞者には、個展制作費として30万円が贈られることになっています。
当日はファイナリストと審査員のみが会場に集い、その様子をライブ配信しました。本レポートでは、その公開最終審査会の様子をお伝えします。ファイナリスト一人ひとりの感想や、応募者へ向けたメッセージもご紹介しています。ぜひ最後までお楽しみください。

FINALISTS

本吉映理(1986年生まれ。日本体育大学体育学部体育学科卒業)
林煜涵(1996年生まれ。東京藝術大学先端芸術表現科在籍)
白井茜(1998年生まれ。京都芸術大学美術工芸学科写真・映像コース卒業)
木村孝(1986年生まれ。日本写真芸術専門学校卒業)
阪東美音(1999年生まれ。ビジュアルアーツ専門学校大阪卒業)
※プレゼンテーション順・敬称略

JUDGES

小原真史(キュレーター/映像作家)
高橋朗(PGIギャラリーディレクター)
田中義久(グラフィックデザイナー/美術家)
津田直(写真家)
野口里佳(写真家)
※五十音順・敬称略

審査会当日、一次審査を通過した20名の中から二次審査によって選ばれた5名のファイナリストが、「1_WALL」展会場のガーディアン・ガーデンに集まりました。審査員による作品チェックが始まり、いよいよ審査会のライブ配信がスタートしました。

プレゼンテーション&質疑応答

本吉映理「One day, boys」

幼少期から性別違和を感じていた私は、トランスジェンダーの診断を受け、今は男性として生活している。心と体の性別が一致しているとはどういう感覚なのか、自分と同じような人はどうやって心と体の性別を一致させようとしているのか気になり、トランスジェンダーである人たちの撮影を始めた。男か女か?そう見えるか見えないか?の前に、彼らが何を選び取って生きてきたのか、揺らぎのある体で、どのように人生の軸を作ってきたのか、そのようなところに意識を置いて、作品作りをしている。個展は、提出していたプランよりも点数を絞り、サイズを調整することで余白を作り、私や彼らの感覚的な部分を想像しやすく、鑑賞者に考える余地を与える展示にしたい。

Q. 小原:彼らの感覚的な見えない部分を撮影することは非常に難しいと思うが、実際にどういうところにフォーカスして撮影をした?
A. 本吉:衣服、仕草、肉体など、アイデンティティーを合わせるために彼らが後天的に変えてきたものにフォーカスして撮影を行った。

Q. 野口:撮影を始めた当初と今とでは、自分の感情に変化はあった?
A. 本吉:私は撮影当初、まだ治療をしていなかった。撮影をする中で治療をしていったが、やはり最初と最後では感じることも見えてくることも違う気がする。

Q. 高橋:今回の展示では出生時の性は女性であるものの男性として生きる人たちであるFTMの人たちだけを撮影しているが、個展では、それ以外の人も撮る予定はある?
A. 本吉:自分自身がFTMであることから自分なりに勉強し、撮影したが、それ以外の人についてはまだ勉強不足なところがあるため、わからない。慎重に撮らないといけないと思っている。

林煜涵「850nm」

今回展示したのは、街中の防犯カメラが発した赤外線に基づいて撮影し、制作した作品だ。人間が見るのではなく、機械が見るというところに注目していて、その機械の目線へどう接するかを考え始めたことが、作品作りのきっかけになった。デジタルカメラを改造し、防犯カメラと同じように人感センサーに反応した時にだけ、カメラが自動的に撮影するようにし、その写真を重ねて作品作りを行った。壁の真ん中には、防犯カメラを設置し、機械の視点と人の視点が向き合うようにしている。個展では、空間全体を暗室のようにして、鑑賞者が赤外線の懐中電灯を手に持ち、作品を見るというプランを考えている。単に鑑賞するだけでなく、作品を体験できる展示にしたい。

Q. 野口:カメラが自動的に撮影していると思うが、その中から作品にする写真を選んでいるのは、自分。どういう基準で選んだ?
A. 林:できるだけ人の姿がちゃんと判断できるような写真を選んだ。また、イメージが強すぎる写真は、選ばなかった。

Q. 津田:人がたくさん重なって写し出されている写真が展示されている。これは、複数の写真を重ねているから?
A. 林:はい。複数の写真を合成し、一つの作品に仕上げている。なので、実際に写っている人の数は、もっと少ない。

Q. 田中:写真の中心部分だけが明るくなっているが、これはなぜ?
A. 林:赤外線が当たっている部分だから。それがそのまま写真に反映されている。

白井茜「繋」

家族とは何か?という幼少期からの疑問をきっかけに、作品を制作し始めた。高校時代の恩師の家族を撮影した動画、私の家族を撮影した動画、これら二つの動画が合わさり、一つの作品として成り立っている。琵琶湖を隔てて東西に住む二家族の位置関係を表すため、モニターを左右に設置。地元の滋賀県は閉鎖的な場所であると考えていて、それを表すため、二家族の状況や会話を文章で記したハンドアウトを補助的な役割で用意した。鑑賞者はこれを読むことで、二家族の生活を覗き見するような仕掛けにしている。個展では、家はプライベートを包む器と捉え、そこに注がれる他者の視点を再現しようと考えている。家の傷、家に差す光などを繊細に扱い、鑑賞者が家の中の様子をイメージできるような展示にしたい。

Q. 小原:写真は展示せず、映像作品のみに絞ったのはなぜ?
A. 白井:二つの家族の心情を探る作品にしたかったから。それ以外の写真があると、鑑賞者は他に目が行ってしまうかもしれない。そこで、二つの動画作品だけに絞った。

Q. 津田:この先も、この二家族を撮影し続ける? それとも、他の家族も撮影する? 写真と映像の使い分けはどう考えている?
A. 白井:今は自分の家族、恩師の家族、この二家族以外を撮りたいとは思っていないので、このまま続けていきたいと考えている。映像と写真の使い分けは、あまり考えていない。その時々で気持ちいいと思える収集の手段として、写真か映像かを選びたい。

Q. 高橋:個展では、二家族の今後の映像も展示する予定?
A. 白井:この先も撮影し続け、それを個展にも出品したいと考えている。

木村孝「Faces of Amata Nakorn, the “Eternal City”」

タイのアマタナコーンと呼ばれる町に興味を持ち、制作を続けている。最初はランドスケープを撮影していたが、そのうちこの場所が地図には載っていない場所であることを知り、興味を持った事がきっかけ。今回の展示では縦の軸を意識、作品を見る流れや順番は鑑賞者に委ねるようにし、この町や人々が持っている時間に意識が向くようにした。器をイメージできるように展示もしていて、企業や国が用意した器からアマタナコーンに住む人々らしさが少しずつ染み出すような展示になればと考えた。個展を含めて今後は、彼らの小さな人生の物語にスポットを当て、さらにそこに自分自身の物語も入れていけたらと思っている。また、地図上にはないけれど人々の意識にはある、そんな場所を撮影していきたい。

Q. 小原:自分自身の物語を入れたいと言っていたが、どうやって絡めていく予定?
A. 木村:現地で暮らす人と一緒に遊びに行ったり、その人のお店に行ったりしているので、その時の風景を撮影したい。例えば、一緒に遊びに行って、バイクで移動している時に、バイクの上から動画を撮るのもいいかなと考えている。

Q. 高橋:アマタナコーンには、いつから、何回くらい、どのくらいのペースで行っている?
A. 木村:2014年から撮影を始め、これまでに10回以上行っている。同じところに何度も行って撮影していて、一回行くと2週間から1ヶ月くらい滞在している。

Q. 田中:展示されている写真を見ると、マゼンタが強く出ている印象。地域的にそのようなカラーが強い?
A. 木村:基本的には色味を加工することなく、そのまま作品に仕上げている。その部屋にあるものをその場の雰囲気で、自然に撮影している事が多い。

阪東美音「裸々」

女の子にタンクトップとジーパンを着てもらい、河川敷や駅前など、人通りがある場所で撮影した写真を展示した。ポートレートを撮るなら室内の方がいいと思われるかもしれないが、あえて外で撮影している理由は、第三者の目が入ることで、女の子の表情や仕草がぎこちなくなるのが面白いから。渋谷や原宿を歩いていると、みんな同じような服装をしていることに違和感を感じることがある。そのことがきっかけで、あえて服装を統一して撮影を始めた。個展では、今回の展示作品と同じサイズのプリント、マット紙、額装で、空間全体に女の子たちの写真を横一列に並べて展示したい。

Q. 津田:個展では写真を一列に並べると言っていたが、それは一人ひとりをじっくりと見てほしいから?
A. 阪東:今回の展示はスペースの制限があるため、縦に2枚の写真を並べているが、基本的には上下に写真を並べたくないと考えている。なぜかと言うと、基本的に人は上下には重ならないから。

Q. 野口:このシリーズの他に、撮影している作品はある?
A. 阪東:女の子の家に行って、その子が持っている服を全部並べ、一緒に撮影するという作品も同時に作っている。これは、女の子のことを着せ替え人形みたいだなと思ったことがきっかけで制作し始めた作品。

Q. 高橋:モノクロの作品にしたのは、なぜ?
A. 阪東:カラーの作品よりも、女の子の肌がきれいに写るから。

 

 

講評&審議

本吉映理「One day, boys」について

野口「今回の展示では点数を絞り、着地点を見出そうとしたことにより、魅力が見えにくくなっている印象。いい写真なので、写真の力を、鑑賞者を、もっと信じていいのでは?」

高橋「目に見えないものを見せるために点数を絞り、それで逆に軸となる部分が見えにくくなってしまった。自分自身の体験を反映する展示になったのかも」

津田「今回の展示作品は全て、人物が正面を向いている写真ばかり。目線が合わないものや、後ろを向いている写真こそ、強いメッセージが隠れている。あまり考えすぎず、セレクトしてほしかった」

小原「自分の写真のいい部分を、切り捨ててしまった印象。わかってもらいたい、という思いから少し離れるのもいいのかもしれない」

林煜涵「850nm」について

小原「集団としての人、人が個性を失って非人称になることの恐ろしさを感じさせる不気味な作品。幽霊が彷徨っているようだ」

高橋「見ることと、見られることの政治性を考えさせられる作品」

野口「機械の視点で写真を撮るという試みが、面白い。壁に展示した真ん中のカメラは種明かしになっている気がして、本当にいるのだろうか?説明しすぎない方がいいのでは」

津田「目線をこちらに向けている人(本人に質問したところ、これは林さん本人と判明)がいて、どきっとさせられた。そこをもっと意識した作品にしてもよかったのでは?」

田中「説明しすぎている印象。クールで、展示作品としてのまとめ方もかっこいいが、まとめすぎることで、鑑賞者に考えさせる余地がなくなってしまった」

白井茜「繋」について

小原「ありふれている家庭の映像だけど、それは交換不可能なもの。ネガティブにもポジティブにも見え、鑑賞者によっていろんな印象を持てるような作品になっていて、面白い」

野口「生々しく、いろいろと考えさせられるような、怖い作品だった。二つの家族という狭い世界を撮影しているはずなのに、とても広がりがある。ありふれているのに、忘れられない素敵な作品」

田中「この作品の面白さは、二つの家族の映像を二重奏のように横に並べた、その関係性にあると思う。二家族を見つめた上で、どう消化したかを知りたかった」

津田「二つの家族の映像ということで小さな世界に見えるが、これは風景を映し出している作品。会話が風のように思え、それが常に吹いているようだ。彼女がやろうとしていることは、映像作品とテキストでしっかりと伝わってきている」

木村孝「Faces of Amata Nakorn, the “Eternal City”」について

小原「もっと大きなサイズの写真を見たかった。日本の企業が関連している施設であれば、日本人としての撮影者の関わりもどこかで反映させることができればさらにいいかもしれない」

野口「彼がやろうとしていることをしっかり感じ取る事ができたし、今回の展示を見て、もうすでに個展を見たような満足感を感じた。個展では、ここに木村さんの物語が入り込むと言っていたが、どんな風になるのか期待している」

高橋「撮影をしている木村さんが日本人である、ということをもっと反映させた作品になるといいかもしれない。写真家として、そこに対して何か語っていけるものがあるのでは」

津田「風景の写真と、部屋の写真、大きさに差をつけてもよかったのでは? 地図上にない場所、というキーワードに囚われすぎている気がする。きっかけは大切だが、もっと、現地の人々の暮らしや生活を語るような写真にしてほしかった」

田中「被写体とコミュニケーションをしっかりととって、献身的にしたからこその写真であるということが伝わってきた。いい写真。自分の温度感をどれくらい載せているのかが、気になった」

阪東美音「裸々」について

小原「展示の仕方、サイズ、焼き方、全てがばちっと決まっていて、彼女の意思が反映されていて、文句がない。こういう展示をすると、標本のようになりがちだが、ちゃんと被写体を人として見ている事が伝わってくる作品」

田中「実際の展示作品から、説明を聞かずとも何かを感じる事ができる作品。若いのに、このクオリティーはなかなか見ない」

高橋「派手なプリントにして、サイズも大きくすることもできたはず。それなのにあえて彼女は今回のような展示にした。抑制が利いているし、よくできているなと思う」

野口「一点一点いい写真だし、いいなと。それ以上にいいなと思ったのは、彼女は自分がやっていることをしっかりとわかっているし、確信を持って制作していること。作家なのだなと」

津田「彼女は肌について何度か言及をしていたが、確かに我々は普段、肌から多くの情報を読み取っている。そこに対してしっかりと考えられているのが、いい」

こうして、ファイナリストのそれぞれの作品に対する講評が終了しました。
そして、いよいよ投票タイムへ。審査員の方には、グランプリ候補に挙げたいと思ったファイナリストを2名選んでいただきました。

1回目の投票結果

小原:白井、阪東
高橋:白井、阪東
田中:白井、阪東
津田:白井、林
野口:白井、本吉

集計すると、白井 5票/阪東 3票/本吉 1票/林 1票という結果になりました。
そこで、3票を獲得した阪東さん、全審査員から票を獲得した白井さんから1人を選ぶことに。決選投票の前に、阪東さん、白井さんについて議論が行われました。

阪東美音「裸々」について

小原「スチルでないとできない作品に仕上がっている」

津田「写真一枚一枚が持つ力をひしひしと感じる。それがしっかりとかたちになっているし、作品作りへの姿勢も素晴らしい」

野口「写真っていいなと思わせてくれる作品。写真本来の強さを感じる」

田中「このコンペには、途中の人でもよく、可能性がある人を選ぶというグランプリの基準がある。彼女はクオリティーが高く、完成度が高い。それなのにこの先も期待できる。そういう意味では、この審査で初めて出会ったタイプの作家だ」

高橋「彼女の人としてのキャラクター、まだどこか言語化しきれていない幼さに、伸び代があるように感じた」

白井茜「繋」について

小原「この作品を最後、どうやってまとめるのかが気になる。これほどありふれた被写体なのに、ここまで考えさせられる作品は珍しい。とても力強い作品だ」

津田「自ら終わらせるタイプの作品ではないのかな。被写体の環境の変化で、どうまとめていくのかが決まっていくのかも」

野口「(白井さんへ質問)個展も、映像作品のみではだめ?」
白井「(野口さんへ回答)映像と一緒に写真も撮っているので、家族の風景を表現するためにも、写真と映像、どちらも展示したい」

高橋「(白井さんへ質問)今回、このサイズにしたのはなぜ?」
白井「(高橋さんへ回答)壁面の重量制限があったため、この大きさに。可能であれば、もう少し大きいサイズにしたかった」

二人について議論していただいたところで、2回目の投票へ。審査員の方は口々に「ファイナリスト全員、グランプリになってもおかしくない」と語りましたが、悩んだ末に、それぞれ1票を投じていただきました。

2回目の投票結果

白井 3票
阪東 2票

最後まで票が分かれたものの、白井茜さんがグランプリに決定しました。

個展は、1年後にガーディアン・ガーデンで開催する予定です。みなさん、ぜひお楽しみに!

FINALISTSインタビュー

白井茜さん(グランプリ決定!)
「『1_WALL』は一つの壁面で見せる、という展示の方法が面白い。制限もある中で制作していくのは、少し苦労した。この作品は、家族というものに対するイメージを崩す作品。家族とは一枚岩で語れないものではあるが、どこにでも家族の風景はあって、ありふれているものでもある。1年後の個展にはぜひ、みなさんに気軽に遊びに来て欲しい。自分の家族のことを改めて見つめ直すきっかけになったら嬉しいです」

本吉映理さん
「審査員の方から『自分の写真をもっと信じて欲しい』と言われた事が印象的だったし、はっとさせられた。確かに今思えば、鑑賞者や審査員にわかってほしいという思いが先行してしまったのかもしれない。次の『1_WALL』に応募しようと思っている方はぜひ、自分の直感や思いを信じて、作品を出してみてください!」

林煜涵さん
「審査が進むごとに、いろいろな審査員からアドバイスをもらうことができ、どれも今後に生かせる、ためになるアドバイスだった。今回、展示をすることができて本当に嬉しかった。今後も展示をしていきたいと思っているので、作品を作り続けていきたい」

木村孝さん
「自分の作品は、世間から見るとどう見えるのかが知りたくて、『1_WALL』に応募した。今まで自分自身が気付いていなかった事を、審査員の意見やアドバイスで気付かされた審査会だった。応募するか迷っている方にアドバイスするなら、自分の作品はこうだから、と決めつけるのではなく、まずは応募してみてほしい、と言いたいです」

阪東美音さん
「審査会では、ファイナリストにならなければ聞けなかった事、他のファイナリストに対する意見などを聞く事ができ、いい経験になった。『1_WALL』は限られたスペースで展示を行うので、どう展示するかをこれまで以上に考えさせられるコンペティション。今後応募する方は、展示プランについても、ぜひしっかりと考えてみてほしいです」