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展覧会レビュー|小林美香

2014.9.5 金

小林美香(写真研究者、東京国立近代美術館客員研究員)

まず、料理本に書かれた調理手順のようなタイトルからして魅力的です。「私だったら、輪切りの大根は手羽元と一緒に煮るかも」とか、その先の続きの手順やどんな料理ができるのだろうかと想像が広がります。「もの」として料理を見せるだけではなく、料理をするという行為や、食事をするという日々の営みに沿った「こと」を展示として繰り広げて見せることに、写真家の意図があるのだろうな、と展示を見る前から期待していました。

ギャラリーに入ると、額装をほどこされた写真が壁面にリズミカルに並び、3つ並んだテーブルのような台の上には、写真が掲載された雑誌や、色校のゲラ、コンタクトプリント、小さなサイズのプリント、メモ書きが並べられており、空間全体に厨房のような雰囲気が醸し出されています。壁面と台の上を行き来しつつ見ていると、写真の中にとらえられた料理ができる調理の手順と、撮影や写真の選択、配置、編集、色の調整など、料理写真ができるまでのプロセスが重なり合い、ディテールが一層近くに迫ってくるように感じられます。

額装された写真は、食器に盛りつけられた料理だけではなく、食材や調理器具、調理をする手の動作をとらえたものもあり、通常の料理写真であれば料理の背景としてぼやかされた状態で写っているようなお盆やテーブルクロスの柄、テーブルの木目までもが画面の中で存在感を放っています。
「ポートレートとしての料理写真」とは、人物を被写体とする通常の意味でのポートレートの中でも、「エンヴァイロメンタル・ポートレート(environmental portrait)」と呼ばれるような、人物をその周辺の環境をも含めて描き出し、その人物の来歴や人となりを伝えるものに近いものです。したがって、写真の中で料理だけが主役として登場しているように見えるのではなく、料理が盛りつけられた食器や配膳、使い込まれた調理道具といったものが食事という日々の営みにとって必須の要素として扱われているのです。

壁にかけられた写真は、「ポートレートとしての料理写真」のありようをさらに強く主張するものとなっています。大きく引き伸ばされた上に額装をほどこされることでモノとしての存在感が強まっていることに付け加えて、誌面で添えられていたキャプションや見出しのような文章が取り外され、記事の内容を説明する役割から解き放たれた状態にあるということが、写真一点一点の発する声をより引き出すことにつながっているようです。壁面に並ぶ写真の中でも、とりわけ大きな声を発しているように感じられたのは、茹で蛸のような食材を真正面から捉えたものです。当たり前のことなのですが、日々の食事とは、あらゆる食材から命を分け与えて頂く「こと」なのだな、と感じ入らずにはいられません。

小林美香(写真研究者、東京国立近代美術館客員研究員)
国内外の各種学校/機関で写真に関するレクチャー、ワークショップ、展覧会を企画、雑誌に寄稿。2007-08年にアメリカに滞在し、国際写真センター(ICP)及びサンフランシスコ近代美術館で日本の写真を紹介する展覧会/研究活動に従事。2010年より東京国立近代美術館客員研究員。