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TIS展「原っぱからアテネまで」出品作家インタビュー

2004.7.1 木

TIS展でスポーツを描く
今回はテーマがスポーツなんです。大好きな松井秀喜を描きました。たまたま93年に東京ドームで、松井のプロ初のホームランを目撃したんです。打った時の音がね、「カーン」じゃなくて「グシャッ」だったんですよ。これはただ者じゃないぞと、それ以来、大ファンになって。ホームランカードも全部持ってますよ(笑)。 今回は、いつもの線画じゃなくて、クレヨンで描きました。僕はすぐ完成形を見たくなっちゃう質で、絵の具をきっちり塗ったり、乾かすのを待ったりするのがダメなんですよ。最近、子ども向けの紙芝居の仕事で、クレヨンを使ってみたら、速く描けるし結構いいなって思って。 せっかちなんですよね。ちゃんと段取りして作ればいいのに、いきなり作り出しちゃったりする。しょっちゅうカッターで指切ったりしてます。この紙コップとか手でくちゃくちゃいじっている間に偶然できあがるものもありますね。 イラストを描くときは、だいたい鉛筆でラフを描きます。それを拡大したものを下絵にしてます。そうすると余計な線を意識しないで描ける。最初に描いた落書きみたいなものの勢いをいかに残せるかが勝負どころなんです。

自主制作アニメーション
線画を描くようになったのは、スタインバーグの線画やしゃれた漫画とかが好きで、その影響を受けてますね。 元々は手塚治虫さんなんですけど、漫画の世界に行かなかったのは、テレビコマーシャルで、和田誠さんとか柳原良平さんの 「アンクルトリス」とかを見たり、アニメーション三人の会(久里洋二、真鍋博、柳原良平の三氏で結成。60年代、ジャンルを超えたアートの実験の場 であった草月アートセンターで実験アニメーションを定期的に発表)の影響ですね。草月ホールへいくと何か面白いものがやっていたんです。 それで、久里さんの実験漫画工房に3年ぐらいいました。久里さんが「11PM」のレギュラーを持つ前ですね。当時、 大人向けのアニメーションをやっていたのは「11PM」ぐらいだったんじゃないかな。今はずいぶん増えてきましたけどね。 実験アニメーションは自主制作でお金になりませんから、イラストレーションの仕事で稼いでアニメーションを作るという感じですね。 だから、イラストは小さいものでも何でも引き受けました。当時はコンピューターなんかないから、アニメーション1本作るのは大変だった。 作品は、海外のコンペに参加したり、アニメーション協会のイベントに発表したりします。今年、紫綬褒章をいただいたのもアニメーターとして。 自主制作のアニメーションは20本ぐらい作りました。今はコンピューターで作っていますが、それでも1ヶ月に1分ぐらい。短編作品ですが、 長いと半年ぐらいかかりますね。まあ、そればかりやっているわけではないですから。忙しいときにわりと作りたくなるんですが。 面白いと思うと手帳に走り描きしています。けっこう改めて見るとつまらないなって思うことも多くて。夢みたいなものですね。

学生時代からアニメーション制作の仕事
三重にいた高校時代から、和田さんのイラストはすごいなって思っていました。大阪外国語大学在学中にTCJというアニメーションの会社で働いてたんです。バイトだと思ってたら入社してたんですけど(笑)。実は、鉄人28号の三話まで、僕も関わっているんです。まだ黎明期で大らかだったから、「鉄人だー」って逃げている群衆の中に自分のイラストを描いたりして。前後のつじつまとかあまり気にしないでみんな作ってましたね。半分学生で半分働いて。僕の周囲は「エッ!?」っていう感じでしたけど、当時はみんなデビューが早かったんですよね。和田さんや大橋歩さんなど学生時代から活躍している人もいたし。TCJのあとに久里さんのところで働くことに決まったんですけど「卒業してこい」っていわれてあわてて大阪へ帰りました。その後、横尾忠則さんや和田さん、宇野亜喜良さん、伊坂芳太良さんのアニメーションを手伝ったんですが、四者四様でとても勉強になりましたね。 25、6歳の頃は久里さんのところを辞めてふらふらしていて、2年位は全然食べられなかった。お金もないくせに、自費出版で3冊も出しましたし、個展もガンバッテやってましたね。出世払いだって言って、ギャラリー会場費もまだ一部払ってないかも(笑)。とにかく自分の表現を模索して精力的に発表していましたね。 仕事がなくても不思議と平気で、毎晩近くに住んでいたイラストレーターの峰岸達君たちと飲みに行ってたんです。誰が払ってたのかな(笑)。そうしたら、28歳位のときに、「みんなのうた」「話の特集」「平凡パンチ」と仕事が3ついっぺんに入ってきて、その時、やっとこれで食べられるぞと思いましたね。その後、広告代理店からも大きな仕事の依頼が来るようになって、「1枚描いてこんなにもらえるのか」って、嬉しかったですね。このお金でアニメーション作れるって(笑)。

古川タク