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展覧会・イベント

第5回亀倉雄策賞受賞展

仲條正義「続・フジのヤマイ」

  • 会期:2003.3.31 月 - 4.25 金
  • 時間:11:00a.m.-7:00p.m.(水曜は8:30p.m.まで) 土曜・日曜・祝日休館 入場無料

1997年に急逝したグラフィックデザイナー亀倉雄策氏の生前の業績をたたえ、グラフィックデザイン界の発展に寄与することを目的として、1999年、亀倉雄策賞が設立されました。この賞の運営と選考はJAGDA(社団法人日本グラフィックデザイナー協会)が行い、毎年『JAGDA年鑑』出品作品の中から、年間で最も優れた作品に対して贈られます。
第5回の受賞は、「富士」をテーマに新作36点を制作、昨年5月にクリエイションギャラリーG8で開催した「仲條のフジのヤマイ」展のポスターシリーズに決定しました。このポスターは、モダニズムのアンチテーゼともいえる「富士」をあえて題材として取り上げたものです。仲條正義氏の作りあげた不可思議な造形は、見る側に新鮮な驚きと強いインパクトを与えました。

仲條正義

1933年東京生まれ。1956年東京芸術大学美術学部図案科を卒業後、資生堂宣伝部、デスカを経て1961年仲條デザイン事務所設立。主な仕事に40年以上にわたった資生堂『花椿』誌、またザ・ギンザ/タクティクスデザインのアートディレクション・デザイン、資生堂パーラーのパッケージデザイン、東京銀座資生堂ビルのロゴタイプ及びサイン計画、松屋銀座、スパイラル、東京都現代美術館、細見美術館のCI計画、『暮しの手帖』表紙イラスト等。

受賞者のことば
もう出会うことのない賞と思っていた。
昨今の受賞者も、原研哉、佐藤可士和と新しい時代に移っていた。広告もグラフィックも強い刺戟を待望していたし、新人といわれた人もすっかり力をつけていて、誰でも賞を獲得できる位置にいた。私の受賞で、正直なところ、すこし過去に引き戻してしまった。とはいえ黙して他に譲る気もないが、未だ若い候補者と競えたことは幸運であった。
’60年代のデザイン環境のなかで亀倉さんの作品に出会えた。古い池袋の駅舎の壁に連貼りされたニコンのポスターに若い鬱屈した心が救われた。デザインには未来があると感動した。40年も過ぎてこの運命につながった。亀倉さんへの感謝とともに、あの時感じたデザインの感動を今後に伝えることができるように努力したい。
仲條正義

主催
クリエイションギャラリーG8 

共催
社団法人日本グラフィックデザイナー協会 亀倉雄策賞事務局

協賛
サントリー株式会社 株式会社資生堂

協力
有限会社キュービック 共同印刷株式会社 冨永事務所

亀倉雄策賞について 
1997年急逝した亀倉雄策の生前の業績をたたえ、グラフィックデザイン界の発展に寄与することを目的として遺族の寄付により設立された亀倉雄策賞。亀倉が設立から長く会長を務めたJAGDA(社団法人日本グラフィックデザイナー協会)に運営を一任し、毎年国内賞「亀倉雄策賞」を、さらに3年に一度「亀倉雄策国際賞」を授与する。「亀倉雄策賞」は、『JAGDA年鑑』応募作品の中から、「亀倉雄策国際賞」は富山県立近代美術館で開催される「世界ポスタートリエンナーレトヤマ」の応募作品の中から、最も優れた作品の制作者を表彰するもの。 「いつになっても五輪の亀倉と呼ばれること」を嫌い、亡くなる直前まで「今」の仕事で若い世代と競い、グラフィックデザイン誌「クリエイション」の編集を通じて、グラフィックデザインの芸術性、本質を追求した亀倉の遺志を尊重し、普遍性と革新性をもったグラフィックデザインを顕彰していく。 賞金はいずれも50万円。賞状は佐藤卓によるデザイン。第1回受賞者は田中一光、第2回受賞者は永井一正、第3回受賞者は原研哉、第4回受賞者は佐藤可士和。※全て敬称略