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展覧会レビュー|深沢慶太(編集者)

2022.5.27

深沢慶太 Keita Fukasawa
編集者。1975年、東京都生まれ。『SUDIO VOICE』編集部を経てフリー。『Numéro TOKYO』をはじめとする雑誌やWebの編集執筆、企業企画のコピーライティングやブランディングに携わる。編集を手がけた書籍に、田名網敬一、篠原有司男らアーティストの作品集やインタビュー集など。

「この展示は何かがおかしい」という違和感

当たり前のことだが、展覧会とは概して実際に体験してみないとわからないものである。ところが世に出回る情報の多くは、その開幕前に発信されたものだ。というのは、雑誌なら〆切前、Webにしても開幕前の告知時期に記事が執筆されるから。つまり告知的に発信される展覧会情報の大半は、“実際には見ていない”状態で書かれたものになる。
私自身も、ある雑誌の巻頭1ページでAC部「異和感ナイズ展」を紹介した。原稿の〆切は1月末だったから、開幕の1カ月近く前。当然、展示を目にすることはなく、プレスリリースと呼ばれる報道資料を参照して記事を作成した。以下はその抜粋である。

これは何かの間違いではないか──。近頃、そんな違和感が増えている。テレビ番組。広告の表現。ウェブの動画。逆に自分がおかしいのでは!? 思わず不安になってしまう。でもちょっと待ってほしい。もしかすると、AC部の仕業かもしれないから! 例えば、ファッションブランドkolorともコラボしたキャラクター「イルカのイルカくん」。何度見ても、口や体が気になってしまう。それに『ボブネミミッミ』。不条理テレビアニメ『ポプテピピック』のなかでも、飛び抜けた理不尽さで全日本が震撼。
(中略)
そんなAC部の原点は、美大時代のデッサンの講評。わざと下手に描いた絵が、予想外に面白がられたことだという。以来、世間の常識を逆手に取り、まさかの第一線へ躍り出た。24年目となる本展でも、堂々と“異和感”をテーマに掲げる始末。当然、ただ事で済まされるはずがない。おかしいのはAC部、それとも自分!? どうぞお気をつけてお楽しみください。
(引用元:『Numéro TOKYO』2022年4月号(2月26日発売)Web転載記事「AC部『異和感ナイズ展』」)

……と、私なりに想像を膨らませて記事を書いた。AC部といえば「こんなにふざけて大丈夫か?」と思わせるほど、オフビートな違和感や不条理さあふれる作風で知られており、しかも会場は亀倉雄策ゆかりのクリエイションギャラリーG8(以下「G8」と表記)である。資料を見た時点で、「由緒正しいG8でAC部の展覧会を開催するとは、こりゃあ相当に攻めてるな」と驚き、AC部の過激な作品が並ぶ様子を思い浮かべてほくそ笑んだ。
ところが、開幕した展覧会を訪れて「あれ?」と思った。何かがおかしい。予想を裏切る光景が、目の前に広がっていたのである。

腑に落ちない感じに始まる「異和感ナイズ」の罠

そう感じたのは、おそらく私だけではないだろう。G8の公式情報やメディアの掲載情報を見て訪れた人の多くが、同じ印象を抱いたに違いない。というのも会場には、「イルカのイルカくん」も『ボブネミミッミ』も、株式会社雨宮のCM『鳩に困ったら雨宮』もgroup_inouやBattlesのMVも、AC部の代表作として思い浮かぶ作品はぜんぜん見当たらなかったからだ。
そして、こう考えたことだろう。この展覧会のテーマは“違和感”……しかし何についての違和感なのか? もしかしてそれは個別の作品が発する違和感ではなく、「きっとAC部を象徴する作品が見られるはずだ」という思い込みの裏をかくことで生じる、“もう一段上の違和感”だったのではないか……?

そもそもAC部の作品の特徴は、「普通ならこう描かれるはず」という予測を裏切り、わざとパースを崩壊させ、あり得ないようなモチーフやタッチ同士を組み合わせて、固定観念を突き崩すことにある。だとしたら、「デザイン系ギャラリーでの展覧会=主に代表作を並べる場合が多い」という慣習的な予測に対しても、素直に応じる理由があるだろうか。
つまり、自分たちはAC部にしてやられたのだ。少なくとも私はそう思った。だが、それで展示に対する違和感が落ち着いて、すべてが腑に落ちたかというとそんなことはない。一体何が「異和感ナイズ」なのか? そこは“違和感の手練れ”たるAC部のこと、ややこしいのはここからだった。

これまでの文脈を特異化する、アリ地獄構成の展覧会

本展は3つのコーナーで構成されている。エントランスに面したROOM 1は、AC部のこれまでの手法とプロセスを開示し、アニメーション制作の方法論をひも解く展示。デザイン系の展覧会ではごくオーソドックスな企画のようだが、重要なポイントが2点ある。
一つは「3Dレイヤー飛散技法」。目や口、顔の輪郭と髪の毛など、レイヤーごとに描き分けられたパーツをわざと分離・飛散させることで、整合性が崩壊したかのような違和感を演出する。
もう一つは、アート作品の美的価値を可視化するために開発されたという『価値観査定機「Secondary’s」』の体験型展示。絵画の画面構成を黄金比率などのパラメータで解析し、その価値を金額に換算できると主張する。しかし、そんなことが本当に可能なのだろうか。

続くROOM 2には絵画作品が展示されている。説明によれば、これらは「AC部独自のアニメーション技術をキャンバス内に凝縮させたシーケンシャルアート作品」。いずれも「3Dレイヤー飛散技法」を用いた構図が特徴的だが、従来のような不条理感は鳴りを潜めており、かえって謎めいた印象を醸し出している。
さらにROOM 3では、これらの絵画作品を3次元的に捉え直したアニメーション作品を上映。多様な視点から画面のレイヤー構成を際立たせつつ、「価値観査定機」による黄金比の曲線が重ねて表示される。これは「ROOM 2に展示されているペインティング作品の視点を拡張」し、「異和感ナイズの極意」を強調する試みであるという。

言い換えるなら、ROOM 2の絵画は彼らの“いつもの表現”であるコテコテの画風やキャラクター造形をあえて取り除き、発想の精緻化を試みたアート作品。ROOM 3の映像は、その思考やコンセプトを補強する仕掛けといえる。そして重要なのは、これらの作品が従来のクライアントワークとは異なる力学のもとに制作されている点だ。
というのも、AC部の板倉俊介は3月24日にオンライン配信された同展の関連イベント「クリエイティブサロン 瓜生太郎×水野健一郎×板倉俊介」で、以下のように語っている。いわく、これまでのクライアントワークは刺激物を作って世の中を沸かす感覚だった。いわばキャラクターや不条理な構図などの“出オチ”によって瞬間的な笑いを誘う方法だったが、これからはそうではなく、ずっと眺めていられるような絵画作品を描きたいと考えている……。

まさにこれこそが、今回の展示を貫く根本的な意図ではないだろうか。まず従来のクライアントワークにおけるデザイン技法を開示しながら、それをよりコンセプチュアルな作品へと結晶させることで、アートという異文脈への昇華を図る。そのためには、相対的な違いを生み出す技法としての“違和感”を、固有かつ絶対性のある“特異感”として確立しなければならない。だからこそ本展のタイトルにはあえて“異和感”という表記が用いられ、ROOM 2の手前にはわざわざ「価値観査定機」と銘打って、アートマーケットの価値基準を皮肉るような作品が設置された。
さすがは、つねに予想を裏切ってきた違和感の手練れ。来場者の予測の裏をかき、一度はまり込むと抜けられないアリ地獄のように、考えれば考えるほどややこしい文脈の罠を幾重にも仕掛けていたのである。

これに先立ち、彼らは2020年末から翌1月にかけて三越コンテンポラリーギャラリー(日本橋三越本店)にて初となる本格的な現代アートの展示を行っている。それから約1年余り。クリエイターとして定着させてきた違和感の期待値を、いかにしてアート文脈へと特異化していけるのか。G8から立ち昇った狼煙(のろし)の行方を、今後も注視していきたい。