JR東日本、日清カップヌードル(シュワルツェネッガー)、マグライト、無印良品など、数々の広告写真を手がける藤井保さん。世界中を飛び回り、自然や人と向き合いながら、空気を切り取るような独自の世界を写し出しています。 今回は、展覧会小冊子のロングインタビューの中から、一部をご紹介します。
駅長と日本の原風景を撮る「JR東日本」1992〜93
これは、92年から始まって、2年半ぐらい続きました。大きなキャンペーンにも関わらず、現場で出会うドキュメンタリー性を取り入れて、 仕事が成立したことが、すごく嬉しかったですね。この仕事は、有名観光地はあえてあまり撮っていないんです。 JR東海の“そうだ京都、行こう。”が、観光旅行だとすると、こっちは本当にふるさとを訪ねるというか、日本人を探す、 日本の原風景を探しに行く旅、そんな気分で作りました。 東北の原風景を背景に、駅長が語りかけるというようなコンセプトは最初からあって、 駅長のナレーションは、岡康道さんのコピーです。新潟駅長は、「新潟は冬。風はちょっと冷たいけど、 暖かくして来てください」。青森駅長は、「ちょっと遠いけど、遠い分、きっといい旅になると思います」 っていうような。最初、JRの中にはなぜ遠いとか寒いということをわざわざ言うのかっていうことがあったようですが、 あえて言うことによって、より伝わるという思いが制作側にありました。 この仕事は、CMとグラフィックの両方をやりましたが、年間100日以上もロケに出ていましたね。 三陸海岸の断崖で駅長を撮影した時は、ちょうど台風が北上中で海は荒れていて大きな白波が立っていました。 撮影は中止かなという雰囲気があったんですが、その風景が、ドラマチックなんですよ。海も空もきれいなんです。 その荒れた海を逆手にとって、幻想的な感じに出来ないかと、長時間露光で、10秒から15秒、駅長に動かないで立ってもらい撮影しました。 そこで止めるか、逆に美しいと思って撮るか、そのへんの判断はすごく微妙で大事なことです。 やっぱりいい仕事として思い出に残るのは、想像もしなかったような現実が目の前にあって、 それをどう乗り越えたかっていうことなんです。もうやったっていう感じですね。
地平線をテーマに「無印良品」2002〜
この仕事は、田中一光さんから原研哉さんにアートディレクションが移行された時に、僕も参加することになりました。最初は、ジーンズや冷蔵庫など、セールスにあわせた商品を撮っていましたが、無印良品の持っている普遍性と地球的な価値観を重ねて、企業広告的なキャンペーンをやろうと、地平線をテーマに制作することになりました。 撮影する場所はモンゴルの草原と、ボリビアのウユニ塩湖の二箇所。僕が一番意識したのは、レンタルフォトのライブラリーにあるストック写真とは違うものを、無印良品の写真としてどう作っていくかっていうこと。それは人物を点景で配することや、地面や空も極力単純に、グラフィカルに見せることであったと思います。 ウユニ塩湖は、四国の半分ぐらいの大きさで、標高がほぼ4000メートルの高地。周囲には、もっと高い山が雪をかぶってそびえ立っていて、そこから雨で流れ出した岩塩が、盆地のようなところに溜まって乾いたものです。雨季になるとまた湖に戻るそうですが、僕らが行った時は、雨季と乾季の間くらいで、湖になったところと、乾いた部分との接点みたいなところが、浅く水が溜まって、鏡のようになっていた。月も太陽も二つ見える。人も写る。とてもミステリアスで不思議な風景でした。6名の少数スタッフでボリビア、モンゴルと世界を一周したロケーションは、それ自体がとても“無印”で、“良品”的な仕事であったと思っています。
撮影は一瞬のスピード感
東京に住んで、そこを基盤に仕事をして、撮影で外へ出て行く。僻地も含めて、いろんなところへ行きますが、そのロケ先で感じたり思考することは、僕にとって、なにかとても大事なことのように思えます。移動すること、異文化圏へ行くことは全くストレスではなくて、知らない場所に行くのはとても興味があるし、それが写真になることは、さらに嬉しい。この仕事で一番楽しいことだと思います。 撮影して、現像して、セレクションして、プリントをする。その中で一番集中力を研ぎ澄ませて、緊張するのは、やはり撮影するとき。人を撮る場合には、相手のリズムとこちらのリズム、相手の気持ちとこちらの気持ち、お互いに何か波動があるわけで、それが共振する時にシャッターを切る。それは自然や物が相手の時も同じで、そこに集中して、一番神経を使います。 外でロケーションするとき、特に風景を主体に撮る場合には、いいなと思えるのはほんの一瞬しかありません。空気も雲もどんどん変わる。だからこのチャンスを逃せば、風景が逃げていくって感覚がすごくあります。だから、「ああ、いいな」って思った瞬間に、それをすぐに捕まえる。スピーディーにカメラのセッティングをして、パンと撮る。スタンバイの気持ちをいつも作っておく。そして、撮り終わったら、パッといなくなっちゃうっていうスピード感が撮影には必要だと思います。
藤井保
1949年島根県生まれ。70年東京綜合写真専門学校卒業。72年大阪宣伝研究所写真部に入社。76年独立、上京し、藤井保写真事務所を設立。主な展覧会に、98年「月下海地空」(チューリッヒ)ほか。作品集に、86年『ふる里の写真館』(まほろばの会)、96年『ESUMI』(リトル・モア)、99年 『ニライカナイ』(リトル・モア)、『藤井保の仕事と周辺』(六耀社)ほか。ADC賞、ACC最優秀賞、朝日広告賞、カンヌ国際広告祭フィルム部門銀賞ほか受賞多数。