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受賞から1年。戦う自分戦隊ASADAが、今始動します!

一年前、激論の末にようやく決まった第23回グラフィックアート『ひとつぼ展』グランプリのASADAさん。一年間の制作期間を経て、個展に向けて最後の追い込み中です。
陶器のヘルメットにセルフポートレートの掛け軸。一度見たら忘れられない……。公開審査会では、審査員の米村浩さんいわく「いつまでもショックが持続する」(当然これ、ほめ言葉)。ひびのこづえさんも「これも一種のコスチュームアート(笑)」と共鳴すれば、「陶器ヘルメットにやられた」とはヒロ杉山さん。
そんなASADAさんに、横浜のアトリエ兼ご自宅にお邪魔してお話を伺いました。ASADAさんってこんな人です。

3年間はアートだけでやってみよう
大学を卒業して一年くらいして看板屋の社員になりました。コンサート会場の案内や、シンポジウムとかの看板の文字を書いてました。結構忙しかったから、作品は、夜にちょこちょこ描いたのを、JACAやアーバナートとか公募に出してました。

父親が大学の時に倒れて、そのあと母親も病気がわかって、それで看板屋をやめたんです。介護福祉の仕事をすれば、両親の面倒や家のこともやりながら働けるって、結局4年弱くらいやりました。両親が亡くなってからも、1年間は続けて介護福祉士の国家資格もとったんです。アートがダメだったらすぐ働けるって。でも合格発表の一ヶ月後には仕事を辞めたので、一切活用してないです(笑)。
その時は、とにかく3年間アートだけでやってみようって決めたんです。3年以上たった今、福祉の仕事に戻りたくない(笑)。生活できるレベルに全くないですけど、『ひとつぼ展』や、知り合いの人たちに声かけてもらって展示できたり。はじめに貸し画廊ではやらないって決めたんです。お金がないので、それしか方法がない。だから公募しかないなってスタートしたんです。

セルフポートレート
ここ2、3年の作品では、自分の分身の作品が不可欠になってます。初めは、自画像の絵を描くための素材として、自分の写真を撮ってたんです。その写真に色をどうのせようとか直接描いていて、そっちの方が面白いねって人に言われて。それで『ひとつぼ展』に出すときに作品として出してみたんです。
撮影は、基本的に一人で家の中でやってます。「シュワッチ!」とか言ってそうですけど、なりきるというより、意外と「頑張っていこー!」とか自分で盛り上げたり、真剣に鏡の前で練習とかしてます。

ここは天国か地獄か?!
女はこう、男はこう、大人はこうあるべきというのがいやで、そのことに対して戦っているんです。戦っている相手は結構具体的で、例えばむかつく男だったり、変な生き物(陶器の出品作品)だったり。悔しいことがあったら八つ当たりするように戦ってます。
よくフェミニストというか、ジェンダーとかって誤解されますね。どうとられてもいいんですけど、“今の時代の日本の女である自分はこうです”っていうだけ。女性の代表として戦っている時もあれば、日本人として他の国の人に怒りを感じる時もあるし、現代人として昔の人の考え方に抵抗している時もある。フレキシブルに変わるんです。
個展タイトル「ASADA in Hell like a Heaven」は、現代は地獄で、でも、自分しだいで天国だと思える時もたくさんあるっていう思いからつけた。基本的に現代社会は悪いことが当たり前で、ちょっとだけいいことがあると良かったなって思えると思うんです。
今、巨大屏風を制作中。あとは写真のドローイングや陶器も展示します。立体だろうと、平面だろうと、写真だろうと、素材のこだわりより、テーマが先にありきなんです。

ASADA

1971年 神奈川県生まれ
1994年 東京造形大学造形学部美術学科彫刻科 卒業
2003年 第17回ホルベイン・スカラシップ奨学生
2004年 第23回グラフィックアート『ひとつぼ展』グランプリ
2005年 「33 7/12」(個展、ギャラリー手、東京)
「ASADA in Hell like a Heaven」(個展 ガーディアン・ガーデン、東京)
2005年 第12回ADSP入選
2006年 「その女 乱暴につき…」(個展 メタルアートミュージアム光の谷、千葉)
2013年 「MONSTER Exhibition 2013」  渋谷ヒカリエ8  東京
「施美時間 アート・プログラム in 鶴林寺」  兵庫県
2014年 「横浜の森美術展7」 横浜/神奈川
「藤沢町中アートめぐり2014」  藤沢/神奈川
2015年 「a 海に、歌謡どーでショー 」(個展 GALLERY HIRAWATA 神奈川)
「a 大阪の海にも、歌謡どーでショー」(個展 ぎゃらり・かのこ 大阪)