永沼さんは東京綜合写真専門学校在学中に、コンパクトカメラを体の一部のように自在に操り、電車内の光景を大胆なアングルで捉えた作品で、第19回写真『ひとつぼ展』(2002年)に入選しました。その後も電車内を撮り続けてきた彼女は、福島の五色沼を訪れことをきっかけに、自然界に漂う神秘的な力に引き込まれます。2009年には活動の拠点を東京から地元鹿児島に移し、自然と向き合う日々を送っています。鹿児島からわざわざ東京まで飛んできてくれた永沼さんに、写真との出会いから今回の個展に至るまでのお話を伺いました。
写真の道へ
高校を卒業して、3年間コンピューターのプログラミングを勉強する学校に行ったんです。でもその後、会社勤めに向いていないと思って、決まっていた就職先も断って、1年間京都で生活しました。
HIROMIXが流行っていた時代で、いろんなギャラリーを見て回るうちに、漠然と自分も何かを表現したくなりました。父親が一眼レフカメラを持っていたので、それを持ち出して自分でもよく遊びで撮ってました。そんな環境もあって、写真をやりたいと思い始めたんです。この頃にNHKの番組で写真家の小林紀晴さんを見て、この人に会えば写真ができる、と勝手に思い違いして。東京で紀晴さんが写真展をやっていた時に、会場まで行って、突然アシスタントにしてくださいってお願いしました。写真のことを何も知らないのにできるわけがないですよね。もちろん断られました。今考えると、ほんとに恥ずかしい。でも小林さんは優しくて、写真についていろいろ教えてくれて。その時に東京綜合専門学校のことを聞いたので、行くことにしました。
デジタルカメラとの出会い
学校で最初に与えられた課題が、5人以上の人を入れた群衆スナップでした。その時の先生だった写真家の新倉孝雄さんから、「永沼さんの場合はシャッターを押すだけでいいよ。シャッターを押せば絵がついてくるから」って言われて、それでずいぶん自由に撮ってました。デジタルカメラは、2年生の時に先生になった写真家の小林のりおさんに勧められて使い始めるんです。まだその頃はフイルムカメラが主流だったので、インクジェット用紙にプリントしただけで先生に見てもらえないこともありました。それでもデジタルカメラは相性が良かったんです。
カメラは、ニコンのコンパクトカメラの『クールピクス』を買いました。買ってすぐに電車の中でファインダーを覗いたら、おもしろくて。それからはいろんな電車に乗っては車内を撮りました。いろんなアングルの写真を撮っていたので、よくノーファインダーで撮っていると思われがちなんですが、ちゃんとモニターを見て撮っています。液晶モニターが回転する『クールピクス』だからなせるわざでした。
電車によってモーター音って違いますよね。例えば京急線はドイツ製エンジンで、タラララララ〜っていう音。いろんな電車に乗って写真を撮っていると、そういう違いも分かってきて写真を撮るのがどんどん楽しくなる。揺れとモーター音で自分の中でリズムが出来てくるのが楽しい。この揺れの次には落ちつくからシャッターを押せるとか、この揺れにのってシャッターを押せばブレないとか。電車じゃないと味わえない感覚です。
2年生の時に、『ひとつぼ展』に応募。学校では散々でしたが、評価してくれる方もいて、このまま写真を続けていいんだって思いましたね。
卒業後ははれて、小林紀晴さんのアシスタントになりました。約2年近くいましたが、その間もほぼ電車の中を撮っていました。鉄子ですよね(笑)。
電車から外の世界へ
福島県の五色沼に遊びに行った時に、どこか違う世界につながるような神秘的な力を強く感じました。丁度そろそろ電車の撮影はやめて、次に行きたいって思っていた時で、この経験がそのきっかけになりました。
それからは、急にいろんな山に登り始めて、撮影を繰り返しました。山では登山客を撮ったり、景色を撮ったり、昔の人が描いた壁画の現代版みたいなイメージで、記録し撮影したんです。
この作品を、2008年ニコンサロンで発表。電車以外の作品を発表するのは怖くて、これがもう最後かなって思って。でもたくさんの方がおもしろがってくれたので、『ひとつぼ展』に出した時のように、まだ続けていいんだってほっとしました。
今回の展覧会について
それがきっかけで、2009年に活動の拠点を地元鹿児島に移しました。今は南に強く惹かれています。場所が持つ力ってある気がして。撮影場所は宮崎や鹿児島です。植物とか森に神聖なものを感じて、それらが発する音や光に反応して、シャッターを切っています。向こうからこっちを向くように目くばせされている気がするんです。自然と一体になりたいっていう意識があるからかもしれません。
アングルはあまり意識していませんが、シャッターを切る瞬間に光とその場の空気を読んで、出来上がりの絵柄を組み立てます。そういうふうにちゃんと想像して撮っているけど、美しい構図ではなくて、どこかでずらしている。美しく表現したいと思ったら多分絵を描いていると思います。写真だからできることを考えたいんです。
この作品では、決して自然賛歌を謳うつもりはなくて、自然に人間が生かされているということを「感じる」力が、もともと私たちにはあるということを感じてほしいと思っています。
永沼敦子
1978年鹿児島県生まれ。2002年東京綜合写真専門学校第2芸術学科卒業。2009年2月より鹿児島県に拠点を移す。
展示:2009年「虹の上の森」/ニコンサロン(大阪)、2008年「虹の上の森」/ニコンサロン(新宿)、2006年「Magic Mirror -ひとつぼ展の軌跡-」/京都造形大学Gallery RAKU、2005年「ハエプラネット」/GUILD GALLERY、「NEW DIGITAL AGE 2」/Krasnoyarsk Museum Center(ロシア)、第5回中国平遥国際写真フェスティバル(中国)、2004年「ギンザ・フォト・ストリート1930-2004 」/HOUSE OF SHISEIDO、2003年「bug train in KOREA」/Days Photo gallery、「にせものトレイン」 フォト・プレミオ コニカミノルタプラザ 特別賞受賞、「NEW DIGITAL AGE」/Levall Art Gallery(ロシア)、2002年「ハエの狙い目」 第19回写真『ひとつぼ展』出展