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公開最終審査会レポート

2017.2.28 火

少しずつ春の訪れが感じられるようになった2月28日(火)、今年初めてのグラフィック「1_WALL」公開最終審査会を行いました。「1_WALL」は、一次審査、二次審査を通過した6名のファイナリストが1年後の個展開催の権利をかけて思い思いにプレゼンテーションを行い、その場でグランプリを決める、他にはないコンペティション。今回から、グランプリ受賞者には個展制作費として10万円を授与します。

これまでにも、多くの若手アーティストを輩出してきた「1_WALL」。今回は、どんな新しい才能に出会えるのでしょうか。第16回グラフィック「1_WALL」公開最終審査会の様子をお伝えします。

FINALISTS
wimp、いしいひろゆき、石田和幸、時吉あきな、藤井マリー、SERENA
※プレゼンテーション順・敬称略

JUDGES
えぐちりか(アートディレクター/アーティスト)
大原大次郎(グラフィックデザイナー)
白根ゆたんぽ(イラストレーター)
大日本タイポ組合 塚田哲也、秀親
室賀清徳(『アイデア』編集長)
※五十音順・敬称略

進行
菅沼比呂志(ガーディアン・ガーデン プランニングディレクター)

審査会当日、ファイナリストが会場のガーディアン・ガーデンに集まりました。その後、会場では審査員による作品チェックが行われていきます。続々と一般見学者たちも集まります。そして、緊張した面持ちのファイナリストたちのプレゼンテーションがスタートしました。第16回グラフィック「1_WALL」公開最終審査会の幕開けです。

プレゼンテーション&質疑応答

wimp「PACKING SERIES」

フィギュアをブルーシートで包み、それを3DCGデータに。今回は、そのデータと3Dプリントしたものの2種類を展示しました。この作品を作るきっかけは、故障した馬の遊具がブルーシートに包まれているのを見たこと。以前からキャラクターを使った作品を作っているので、何かつながりがあるのではと思ったんです。キャラクターはメディアやツールに依存しながら姿を変様させ、それでも独自の個性を保持しています。そのキャラクターの1つであるフィギュアにシートを被せることで、キャラクターが持つコンテクストや個性を不可視にし、残された表層をイメージとして再び生成する試みを行いました。個展では、3DCG空間を彷彿させるようなインスタレーション空間を演出したいと思っています。

Q.秀親:AからJまであるフィギュアは、それぞれもとの大きさは違うの? その場合、どういう基準であの大きさにしたの?

A.wimp:あの中には、手のひらに乗るような小さなフィギュアから大きな遊具まであります。展示では、3Dプリンターで作れる最大限の大きさだという面もありますが、グラム数で統一した結果、あの大きさになりました。

Q.白根:3Dプリンターで作った立体と、床に置いたモニターの中のデータ映像は、もとは同じものだが、だいぶ違う印象を受ける。鑑賞者には、どちらを見てもらいたい?

A.wimp:あくまで立体は付属物。鑑賞者にはまず、データの映像を見てもらいたい。その後に、立体化したものを見てほしいです。

Q.菅沼:選んだフィギュアのキャラクターはなんとなくわかるものと、全く見当のつかないものがある。選ぶ基準はあるの?

A.wimp:ほとんど、自分がもともと持っていたものばかり。その中でも、かたちが特徴的なものをピックアップしました。

いしいひろゆき「インテリア」

空間を描くことが好きで、パソコンを使って描く作品を中心に展示しています。なぜパソコンで描くのかというと、モチーフの色やかたちを変えたり戻したりをすぐにできるから。1つ目に描いたモチーフに影響されて、2つ目のモチーフの色やかたちが変わっていく。その連続で、空間を作っていきます。今回の作品も、最初に作りたいモチーフがあって、それはどんな机に置かれているんだろう、その机はどんな部屋にあるんだろうという風にイメージを連続させながら制作したもの。個展では、同じようなプロセスで、最初に何か出発点となるモチーフを作り、それを基準に家の模型を制作するつもり。そして、その家の中の家具やオブジェを、絵や立体物にしたものを会場に展示して僕の世界観を表現したい。

Q.白根:1つのモチーフからイメージを繰り広げていくという制作のプロセスは、作品からは鑑賞者には伝わりにくい。それに関しては、どう思っているの?

A.いしい:自分のイメージしている世界観や空気感というものは、何となく伝わればいいので、そのプロセスは全て伝わらなくてもかまわないと思っています。

Q.大原:壺を作ったり、フレームを自作したり、イラストも直筆があったり、出力したものがあったり。バリエーションが豊富。今後は、どのように活動していくの?

A.いしい:普段、イラストレーターとして仕事をしている中では、出力したものが綺麗なので合うと思っている。でも、作家として活動していくなら、やっぱり手描きのイラストがいいのかなと考えています。

Q.室賀:作品作りをする上で、先人たちの作品を見ることもあると思う。そういう人たちの作品を踏まえて、いしいさんは今後どういう存在になっていきたい?

A.いしい:今は、イラストレーターの先輩たちの作品を真似して、自分自身のスタイルを探っている状態。少しずつ仕事をもらえるようになってきて、今はその依頼に合わせて絵を描いているが、いつか自分のスタイルが固まった時には、それだけしか描かないようになるのかもしれません。

石田和幸「かたちは見えている、」

僕たちには毎日無数のものが見えているが、その中で意識して見ているものは少なく、ほとんどは意識されることなく見過ごされています。でも、実はその中には気になるかたちや素敵なかたちが潜んでいて、それらを絵にすることで意識的に見てみようという試みが、この作品です。今回は、白っぽい線の薄い絵とかたちがはっきりと見えている黒い絵を印刷したものを重ね合わせて展示することで、かたちを意識していない状態とかたちをしっかりと意識している状態の両方を表現しています。また、ポートフォリオよりもサイズを大きくすることで、元のかたちから感じていた印象が変わるというおもしろさも生むことができたはず。個展では、同じものを異なる角度から見た絵を新作として出し、今回よりもさらに大きな絵も描いてみたい。

Q.えぐち:手描きの原画を印刷しているとのことだが、なぜ手描きの原画を展示しなかったの?

A.石田:黒地に白で描くことが難しかったから、という単純な理由が1つ。それと、シャープペンシルで描いた場合にテカリが出てしまい、かたちよりも手描きの痕跡に逆に魅力が生まれてしまうことを恐れたため。

Q.白根:大きい作品と小さい作品のサイズに差があって、小さいものにはあまり目が向けられないような気がするが、それに対してどう思う?

A.石田:大きい作品は、僕が特にいいと思っているものを選んでいるので見てもらいたいが、小さい作品は、じっくりと見てもらいたいとは思っていません。

Q.秀親:人が気付かないようなかたちにこだわり始めたのは、いつ頃から? それと、この題材はもう描ききったと思っている? それとも、まだ描ききれていない?

A.石田:かたちにこだわり始めたのは去年くらいからですが、人が見ていないものに魅力があるんじゃないかと思い始めたのは、3年くらい前から。まだまだ題材としては描ききれていない。例えば、建築ビルとかもいろいろな角度から描いてみたいと思っています。

時吉あきな「ワンオール」

“ほぼイラストレーション”というテーマで、作品を作りました。イラストレーションというと一般的に絵を想像すると思いますが、私は“複製されたもの”という考えを持っているので、今回の作品も立体作品で複製物を作りました。原画は複製すればするほどいろんな情報が削ぎ落とされ、時には複製が原画を超えることも。以前、“日常の複製”というテーマで自分の部屋を作品として作ったことがあり、その時に動くものを作ったらどうなるんだろうと思った経験から、今回は犬をメインに作りました。また、犬は種類が多いので、モチーフとしても最適かなと思ったので。個展では、来年がちょうど戌年なので、1月から12月までの犬のカレンダーを立体で作りたい。現実離れしたお花畑などが背景のカレンダーを、この会場で展示したいです。

Q.秀親:想像よりも犬の立体がうまくできたと思う。それに対しては、どう思う?

A.時吉:はい。初めて見た人は凸凹していると思うかもしれないけど、自分の中では思っていたよりも、うまくできすぎちゃったなと思います。

Q.室賀:背景がコラージュされていたり、デジタルっぽい印象を受ける。全体的にゲームの世界のようだが、立体で犬を作ったこととの関係性は?

A.時吉:以前は雑誌などの切り抜きでコラージュ作品を作っていたが、もっと自分に近いものを作りたいと思い、挑戦したのが卒業制作で、自分の部屋を立体コラージュした作品でした。今回も、実際にニューヨークに行った時に見た、犬をたくさん連れたペットシッターをつくって、現実感のあるもの、自分に近いものを表現したいと思いました。

Q.大原:wimpさんの場合はデータとして複製して、時吉さんは立体として複製している。行為としては同じコピーだが、時吉さんの作品は1点ものに見える。その違いは、どう感じている?

A.時吉:wimpさんの場合はデータで正確にコピーでき、私の場合は“ほぼイラストレーション”なので完全にはコピーしていない。また、私の作品の場合は、私の日常を切り取ったものだったり、私の部屋だったり、私というフィルターを通さないと作ることのできないもの。そこに、違いがあると思っています。

藤井マリー「web drawing series_生きる細胞」

私が描きたいと思っているのは、見たり、感じたりして心が揺れるシーンです。そういった感情や印象は抽象的なものなので、キャンバスに絵の具で描いていては描ききれないと思っていて、その捉えがたいものを表現するために今回の作品を作りました。この作品は、残業を終えて自分の部屋に帰ってきたOLを描いたもの。OLがもの思いにふけって、さまざまな思いや感情がいくつも重なっている状況をレイヤーで分けて表現しています。ディスプレイの前に鑑賞者が立つと、顔を認識して絵がずれるようにしました。そのレイヤーを使って、壁にもドローイングを行っています。個展では、絵を今回のディスプレイよりも大きくプロジェクターで投影して、鑑賞者が絵の中に入り込んでいけるような空間を作りたい。

Q.塚田:今回、顔認識機能による動きをつけたことで、成功したと思う?

A.藤井:自分では、けっこうおもしろくできたと思っています。また、もっと激しく映像が動く設定にすることもできたのですが、そこまでしなくても私の表現したいものは十分に伝わっているかなと。

Q.えぐち:今回の絵のモチーフはOLの残業後の風景ということだが、個展ではどういうものがモチーフになるの?

A.藤井:今回と同じく1人の女性がメインになると思います。シチュエーションはしっかり定まっていませんが、その人が日常の中で思ったこと、感じたことなど、普通に起こり得るシーンを描きたいです。

Q.白根:レイヤーなどの仕掛けは面白いのだけれど、その反面仕掛けに気を取られて、絵の内容に興味が向けられにくくなっている気もする。これは、あえて絵を隠しているの?

A.藤井:あえて隠しています。なぜかというと、今回の絵のテーマやコンセプトが好きではない鑑賞者にも、仕掛けに興味を持ってもらうことで作品を受け入れてもらえたらと思ったから。

SERENA「ギリギリ 16月 モンブランパフェで酔ってる」

今、この時代を生きる10代から20代くらいの人をイラストレーションとテキストで表現しました。イラストレーションは、SNS上に流れている一般の人が友達と撮った画像や、自撮り画像、動画再生サイトにアップされている動画がモチーフ。私は、ネット上でかわいこぶったり、お洒落ぶったりする若い人たちを愛おしいと思っています。それは、ネット上で理想の自分を一生懸命作って「みんなに認められたい」と思っているのを感じることができるから。そのイラストレーションに、私の中から出てきた言葉を反映したテキストを合わせることで、彼らや彼女たちのギャップを表現できるし、自分の承認欲求も表現できると思っています。個展では、今回のようなイラストレーションとテキストを壁中に展示して、ネット上に画像が溢れている状態を表現したいです。

Q.菅沼:展示作品は、左右に絵が集中していて、真ん中が空いているようだ。これは、どういう意図で展示をしたの?

A.SERENA:ネット上にある画像の不安定な雰囲気を、表現したかったので。なので、あえて密集させている場所を作ったり、1枚だけポツンと画像がある場所を作ったりしました。

Q.室賀:1994年生まれのSERENAさんは、小さい頃からネットに囲まれている環境だったと思うが、意識的にネットやSNSをおもしろいと思うようになったのはいつ頃から?

A.SERENA:周りでみんながSNSを使っているし、自分も中学、高校の頃からSNSをやっていて、画像をアップすることで認められたいと思っていました。でも、大人になるにつれて、自分よりも若い人が同じことをやっている姿を見て、昔の自分を見ているようで懐かしく思い始めたのが始まりだと思います。

Q.塚田:タイトルの意味は?

A.SERENA:コラージュすることが好きなので、お洒落なワードやありがちなワードは除外して、珍しいタイトルを作りました。ありそうで現実にはない言葉の組み合わせが、ネットっぽいなと。

ファイナリストそれぞれの個性が光るプレゼンテーションと、質疑応答の時間が終了しました。今回も審査員から鋭い質問が多く飛び出し、ファイナリストのみなさんは一生懸命に答えていました。そして、いよいよグランプリ決定のための審議へ。

まずは審査員一人ひとりに、ファイナリストの作品について感想をいただきました。

wimp「PACKING SERIES」について

白根「ポートフォリオが綺麗で、かっこよかった。3Dデータにしたまでは良いが、この先が課題になってくると思う。予想していたよりもいい展示にはなっているが、本人が伝えたい事がきちんと伝わっているかどうか疑問だ。」

大原「データをメインに見ると、それ自体は自立できていないように思うが、彫刻として捉えた時、上手だなと。でも、先人たちの作品を覆すほど新しいものかと問われると、そうではない。」

塚田「現実のものを3Dで複製するというアプローチは、対面の位置で展示をしている時吉さんと共通点が見出されるが、表現を比較した時に少しこぢんまりとした印象を受けてしまう。」

秀親「コンセプトがおもしろい。今後も作っていってほしい。でも、今の作品はまだ完成形ではない。だからこそ魅力があるのかも。完成形になったらつまらなくなるかもしれないが、彼女の将来には可能性はある。」

えぐち「ポートフォリオのセンスがいい。コンセプトもおもしろい。でも、一番いい“旨味”みたいなものが表現できていない。期待をしていた分、残念だ。」

室賀「本人が思っている以上にいろんな文脈につながっている。グラフィックの定義を現代的に再定義できる視点もある。ただ、キャラクターをブルーシートで包むのにとどまらず、さらに3DCGデータにもしているという手数の多さが、ポイントを不明確にしている。」

いしいひろゆき「インテリア」について

えぐち「プレゼンテーションの話を聞くと、意外とわくわくできておもしろかった。独特な“角のない世界”を表現しているなと。でも、絵だけではそれが伝わってこない。それに、色使いや絵自体はいいのに、作り込みの粗さや雑さが目立った。」

秀親「プレゼンテーションも、作品も、落ち着きがない印象。作品は、手描きなのか印刷物なのかを絞った方がいい。その時、その時で感じたものを作っていくという方法なのかもしれないが、ただ単に飽きたからいろいろなことをやっていると思われてしまう可能性も。」

室賀「未完成なのはいいが、プレゼンテーションを聞いているうちに、疑問に感じてしまう部分があった。もっと映画を見たり、本を読んだり、周りのものを見て勉強するべきじゃないか、と言いたくなってしまう。」

大原「空間について興味を持って作品を作る人は、これまでにもいた。このコンペティションでも、何回か前のファイナリストにそういう人がいるが、ストイックさでは負けている。そういう人と比べた時にも負けない強さだったり、際立つ部分だったりがあるとよかった。」

塚田「独特の世界観を持っていて、いい。ポートフォリオの中の個展プランのページでさえも1つの絵のようで、よかった。でも、展示はコンセプトが定まっていない印象。作り込みの粗さが目立ち、絵の世界観よりもそこに目がいってしまった。」

白根「プレゼンテーションから感じられる彼のキャラクターに興味を惹かれた。自分の中でストーリーやコンセプトをもとに作品を作る事と、鑑賞者の受け止め方の距離を考える必要があると思う。」

石田和幸「かたちは見えている、」について

塚田「かなりおもしろい。でも、一次審査の時に感じた、まず絵の裏面にかすかに見える線と、それをめくって実際の絵を見た瞬間の驚きがなくなった演出になってしまったのが、残念。あのギャップがおもしろかったのに。」

室賀「表現したいことと手法がばらばらになってしまっている。彼が伝えたいと思っている“かたちのおもしろさ”が、あの手法では伝わりづらい。もっと別の方法があったのでは?」

秀親「けっこう好きな作品。今回の展示の中で、 一番欲しいと思うのは彼の作品かも。1つのテーマをつき詰めてやることは大切なことだと思うので、それもいいと思う。でも、ポートフォリオの方が魅力的だった。それが、大きさのせいなのか紙のせいなのかはわからないが。」

大原「プレゼンテーションの喋り方もハキハキしているし、コンセプトも明快で、納得できる。でも、その分不可解なものや謎が欲しくなってしまう。ファンになればまた展示を見に行くと思うけど、最初に見た時に“何だろう?”と思う部分が足りない。」

白根「ポートフォリオと展示の見せ方がすごく考えられていて、おもしろい。ただ個々の作品に関しては角度やアングルに作者の意図が入りすぎて、単純にかたちを見せるというコンセプトからは微妙にずれている気もする。」

えぐち「センスがいいし、コンセプトも明快で、見ていて気持ちがいい。繊細で綺麗な絵だ。でも、なぜかグッとこない。グラフィックデザインとしてはいいのかもしれないが、展示になると物質感が足りなくて、これなら手書きの方がよかったのかも。」

時吉あきな「ワンオール」について

大原「“イラストレーションは複製である”という考えをもとに制作しているとのことだが、それを考えずにまっさらな状態でポートフォリオを見ると、すごくいいなと思った。展示はインパクトがあるが、ポートフォリオの時のよさが薄れてしまった印象だ。」

白根「彼女の作品は、例えば小学生が見ても理解できる作品で、普段は芸術に興味がない人でも巻き込むことができる勢いのある作品だ。コンセプトよりも、その勢いを評価している。」

えぐち「すごく好きな作品。会場に犬がいる。それだけでおもしろいので、個展も期待できそう。背景をコラージュの画像にするなど実験的なことにも挑戦していて、それも含めて評価している。」

室賀「ポートフォリオもよかったが、今回の舞台をニューヨークにしたところもおもしろかった。最近の犬は、品種改良されていろいろな種類がいて、そのある意味グロテスクさみたいなものが、今の時代ともはまっているような気がする。とにかく視点がおもしろい。」

秀親「ポートフォリオの時の、実物の犬と複製した犬が一緒に写っている写真が魅力的だった。この立体の犬を使ってアニメーションを作ったらおもしろそう。でも、その場合は数を作らなくてはいけないので、どこで手を抜くかを考えないといけない。」

塚田「しっかりとした考えを持って制作をしていると感じた。ポートフォリオの実物の犬と複製の犬が一緒に写っている写真が特によかったので、写真部門で出品してもよかったくらい。タイトルも、今回のコンペティションにぴったりでいい。」

藤井マリー「web drawing series_生きる細胞」について

室賀「ディスプレイの前に立った時に、思ったよりも映像が動かないことにフラストレーションが溜まる。人の動きで映像が動きます、というように示してもよかったのかもしれない。」

秀親「OL が残業を終えて家に帰ってきた時の暗い気持ちや、グロテスクな部分をポップに表現していると言っていたが、今回の作品は色使いが明るくて、そうは見えない。そのギャップが鑑賞者に伝わるのか、疑問だ。」

えぐち「作品の見せ方にワクワクしたし、完成度が高いなと思った。グロテスクなシーンをポップに見せたい。その気持ちはわかるが、彼女の描くモチーフはあまりグロテスクとは言えず、ドキドキできなかった。もう少し、女の子が持つ独特の不安定さをさらけだしてほしい。」

白根「今の絵という感じが出ていて、展示も綺麗。でも、彼女が描ききれないと言っていた、感情や印象などの抽象的なものは1枚の絵だからこそ表現できるという場合もある。表現しきれない部分を仕掛けで補うだけでなく、他の解決策も探ってほしい。」

塚田「色や絵が綺麗なのに、鑑賞者はそれを見るよりも顔認識の方に注意がいってしまうかも。アトラクション的になってしまっていることが、残念。むしろ顔認識ということは言わないくらいのほうが良い。また、揺れる動きひとつではなく、色の濃淡や、絵を何枚か入れ替えたりという可能性も探ってはどうか。」

大原「顔認識などの技術が際立つが、それは内面の捉えがたいものを表現するために使っているということが、よかった。今後、どのような手法で作品を作っていくのかが気になるし、楽しみでもある。」

SERENA「ギリギリ 16月 モンブランパフェで酔ってる」について

えぐち「展示されているテキストのチョイスはおもしろい。でも、作品全体を見た時、あまり理解できなかったというのが正直なところ。どういう感情を持って、この作品を鑑賞すればいいのかがわからない。」

塚田「100%理解できているわけでは無いのだけれど、若い子たちへの視線やテキストの使い方などSNS以降ならではの世界観を感じる。言葉にするより先にとても感覚的な良さがある。好きな作品。」

大原「難しい。自分が中高生の時にSNSがあったと仮定しても、それでも距離を感じてしまう作品。世の中には、そういう青春時代を過ごしていなくても感情移入できる作品もあるはず。彼女のフィルターを通して見ているおもしろさ、みたいなものはある。」

秀親「展示されているテキストの大きさが違っていたり、絵がめくれていたり、あえて雑に見せたいと思っているところがいい。それが、ネットやSNSの雰囲気に合っているのもわかる。でも、誰にでも描けそうな絵と思われてしまう可能性もあって、それは心配な要素。」

白根「作品を雑然と壁に配置する、いわゆる“審査員を試す”作品だ。テキストはいらないのでは、とポートフォリオの時には思ったが、今回の展示を見て、やっぱりあってよかった。テキストのみで絵のない部分などは効果的だと思う。作品のテーマは“ネット時代の若者”というよりも、“自分の過去との向き合い”のような気がする。絵は、挑戦的で好感を持てる。」

室賀「ネットやSNSがテーマになる作品は多いが、それを絵画的に表現しようとしているのは新しい試みだと思う。今後どうなるのかを期待したいし、おもしろくなりそうだ。」

こうして、ファイナリスト一人ひとりに対しての講評が終わり、投票へ。まずは、審査員の方々にいいと思った2名を選び、発表していただきました。

投票結果
えぐち:wimp・時吉
大原:wimp・時吉
白根:いしい・時吉
大日本:wimp・時吉
室賀:SERENA・時吉

集計すると、時吉 5票/wimp 3票/いしい 1票/SERENA 1票という結果になりました。なんと、時吉さんが審査員全員から票を獲得!

そこで、票の多い順にひと言ずつ、選んだポイントを語っていただきました。

時吉あきなさんについて

えぐち「いろいろな可能性があるので個展をやらせてあげたいし、私自身も1年後を見てみたい。」

大原「今のところ、wimpさんと同率1位なので、特に時吉さんのどこがいいとはまだ言えない。」

白根「いろんな人を巻き込む力がある。頭1つ抜けているような印象だ。」

秀親「未完成だが、最終形を想像させてくれる作り。ずっこける可能性もなくはないが、期待したい。」

塚田「やっぱりタイトルかな。これはこのコンペティションでないと。それに、今回展示されたものが次の個展の素材の1つになるという展開の仕方も面白い。」

室賀「メディアと日常の掛け合わせ、みたいなものを自分なりに表現しているところがいい。」

wimpさんについて

えぐち「キャラクターを自分なりに表現しているところが好き。彼女なら、個展を完成度高く仕上げてくれそう。」

大原「この作品はもう少しできることがあったのではと思ってしまうが、作家として今後を期待できる存在だ。」

塚田「彼女のポートフォリオはエディトリアル的にかっこよかった。対して今回展示されているのは、未だ素材そのままの状態といえる。この素材のどこをどう見せたいのかきちんと編集することで、より伝わるし、さらに面白みが出ると思う。」

秀親「3Dプリントをした際のフィラメントが気になるが、逆に言えばそういうところを改善していけば、いいものになりそうだ。」

ちなみに、白根さんもwimpさんに票を入れようか迷われた、とのことでひと言いただきます。

白根「安っぽい言い方になってしまうかもしれないが、お洒落だし、かっこいい。今回の3Dにこだわらずもっといろんなことをやってほしい。」

いしいひろゆきさんについて

白根「彼のキャラクターがおもしろい。なにか予想外のことをやってくれるんじゃないかという気持ちで1票を入れた。」

SERENAさんについて

室賀「発想や作っているものが、ナイーブ。そのナイーブさがいいなと。」

ここで、大日本タイポ組合さんは石田さんにも票を入れようか直前まで迷ったとのことで、ひと言いただくことに。

石田和幸さんについて

塚田「彼の伝えたいことにふさわしい展示方法は今後も探っていく必要があるが、今回、彼なりに考えてこの展示方法にたどり着き、やりきったことは評価したい。」

そして同じく、藤井さんに票を入れようかと迷われたというえぐちさんからもひと言いただきます。

藤井マリーさんについて

えぐち「今回の中で1番完成度が高いし、鑑賞者のことを考えて展示をしているところが評価できる。」

審査員にそれぞれ、いいと思ったファイナリストの魅力を語っていただいたところで、いよいよ2回目の投票へと移ります。2回目は、票を入れた2人のうちのどちらか1人を選んでいただき、それを発表することとなりました。

すると……なんと、またしても時吉さんが全票を獲得! そこで、ついに時吉さんが満場一致でグランプリに決定しました。

トロフィーを受け取った時吉さんの「普通に嬉しいです(笑)。1年間いろいろと考えて、いい展示にしたい。」という言葉に、会場からは笑いと拍手が起こりました。

こうして第16回グラフィック「1_WALL」公開最終審査会が閉幕しました。時吉さん、グランプリおめでとうございます! 時吉さんの個展は、約1年後にガーディアン・ガーデンで開催される予定です。みなさん、どうぞお楽しみに!

出品者インタビュー

wimpさん
自分の今後の活動の在り方を、改めて考えさせられるいい機会になりました。悩んでいた部分を指摘してもらえて、視野が広がったような気がします。これからも作品を作り続けて、また「1_WALL」に戻ってきます!

いしいひろゆきさん
グランプリには選ばれなかったけど、思い切って作品を作って、審査員の方に意見を言ってもらったので、よかった。後悔はないです。今、カリフォルニアで行われているグループ展にも参加しているのですが、今後もっといろいろなことにチャレンジしたいと思っています。

石田和幸さん
グランプリには選ばれなかったけど、今までやってきた活動が評価してもらえたことが嬉しいです。今後も前向きに、いろいろなことにチャレンジしたい。いつか、今日の審査員の方たちのように有名な方になれるように、頑張ります。

時吉あきなさん グランプリ決定!
正直なところ、グランプリに選ばれたことにびっくりしています。周りのみんなの作品が、すごく凝っているものばかりだったので。個展では、子どもも大人も、どんな人が来ても楽しめるような展示にしたい。来場者のみなさんをびっくりさせたいです。そのために、1年間がんばります。ありがとうございました!

SERENAさん
今まで作品を作りながらモヤモヤとしていたところを、プロの方に指摘してもらえてすごく貴重な経験になりました。今後も、もらったアドバイスをもとに作品作りを続けていきたいし、「1_WALL」にもまたチャレンジしたいです。

藤井マリーさん
「1_WALL」は、最後の審査会だけではなく一次審査、二次審査の時にも審査員の方からアドバイスを受けることができるので、今回の「1_WALL」展に向けてどんどんブラッシュアップすることができました。今後も、その意見を反映させながら絵を描き続けていきたいです。