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公開最終審査会レポート

2021.10.21 木

10月21日(木)、第24回グラフィック「1_WALL」公開最終審査会が行われました。
「1_WALL」は、一次審査、二次審査を通過したファイナリストが個展開催の権利をかけてプレゼンテーションを行い、その場で審議が行われ、グランプリが決まるコンペティション。グランプリ受賞者には、個展制作費として30万円が贈られます。

当日はファイナリストと審査員のみで開催され、その様子をライブ配信しました。本レポートでは、公開最終審査会の様子を、ポイントを絞ってお伝えします。最後には、ファイナリストの感想や、応募者へ向けたメッセージもご紹介していますので、「1_WALL」に応募してみたいと考えている方はぜひ、最後までお楽しみください。

FINALISTS

柿坪満実子(1993年生まれ。東京藝術大学大学院美術研究科彫刻専攻在籍)
佐川梢恵、森野真琴(1997年生まれ。女子美術大学デザイン・工芸学科ヴィジュアルデザイン専攻卒業)
松浦知子(1992年生まれ。アトリエe.f.t.所属)
汪駸(1990年生まれ。多摩美術大学大学院博士後期課程グラフィックデザイン領域在籍)
髙橋美乃里(1994年生まれ。多摩美術大学絵画学科油画専攻卒業)
※プレゼンテーション順・敬称略

JUDGES

上西祐理(アートディレクター/グラフィックデザイナー)
田中良治(ウェブ・デザイナー)
長崎訓子(イラストレーター)
服部一成(グラフィックデザイナー)
室賀清徳(編集者)
※五十音順・敬称略

審査会当日、5名のファイナリストがガーディアン・ガーデンに集まりました。そして、審査員による作品チェックが行われ、いよいよ審査会がスタートしました。

プレゼンテーション&質疑応答

柿坪満実子「someday somewhere」

誰かと一緒に過ごした時間、一緒に見た景色、その人の身の回りにあったもの。それらが、その人が生きていた証のような気がしている。大切な記憶や存在をいつも近くに感じられるよう、お守りのようなものを作りたいと考え、作品を制作した。今回の展示は、観る人によって気になるものは違うはずなので、自由に自分とのつながりを見つけられるように意識して構成した。個展では、ぬくもりや湿度、音、香りなどから連想させるモチーフを制作し、鑑賞者が忘れていた記憶を手繰り寄せることができるような空間を作りたい。

Q. 服部:展示プランでは大きな作品を展示する予定だったはずだが、それをやめて、銅版画やドローイングを展示したのはなぜ?
A. 柿坪:大きな作品よりも、街中を歩いていて、ふと目に映ったものや、手に持てるくらいのサイズ感の方が合っているなと感じたから。展示プランの時には、大きな作品を作ることで自分を大きく見せようとしてしまっていたのかもしれない。

Q. 上西:作品を壁にランダムに飾ったのは、なぜ?
A. 柿坪:ランダムなように見えて、実は私なりの規則性がある。今回、最初に描いた窓のドローイングを起点とし、壁の上に行けば行くほど色あせ、空に近いイメージで展示した。

Q. 室賀:この作品は、「1_WALL」以前から制作していた?
A. 柿坪:今回、初めて制作した。コロナ禍でずっと家にいた時に、ほとんど窓に対峙しながら生活をしていて、外との関わりを持てる唯一のものがこの窓だったので、それをモチーフに制作を始めた。

佐川梢恵、森野真琴「REM」

この作品は、架空の人物である森野真琴に対し、作品を通してコミュニケーションを図るというコンセプトで制作した。紙の作品は私、佐川の作品で、木のパネルの作品は、森野の作品。基本的に佐川の方から森野にコミュニケーションをとる。天井から吊っている作品は、佐川、森野、二人の作品を向かい合わせになるよう展示している。「REM」というタイトルは、「夢から覚める直前」というイメージでつけた。個展では、佐川、森野の二人展を開催したい。閉鎖的ではあるが、最後に一瞬だけ開放するような作品を作れたらと思っている。

Q. 服部:「閉鎖的」と言っていたが、これはどういう意味?
A. 佐川・森野:森野は架空の人物で実際には存在せず、私だけなので、「閉鎖的」という言葉を使った。

Q. 田中:「1_WALL」はルール上、個人制作でなくてはならないため、佐川さんが一人で制作しているのがばれてしまうが、本当は二人で制作した作品として見せたかった?
A. 佐川・森野:それができたら面白いなと思っていた。それで観る人が楽しんでくれたら、嬉しい。

Q. 上西:個展プランについて「最後に一瞬だけ開放する」と言っていたが、具体的にはどんなことを考えている?
A. 佐川・森野:鑑賞者へのメッセージや物語のようなイメージで文章を最後に書いて、鑑賞者へネタバレするようなことを考えている。

松浦知子「それはたしか」

以前は、悲しかったことをモチーフにし、自分へのセラピーのような感覚で作品を制作していた。最近はそういう気持ちが薄れ、自分や周りの環境が変わっていくことに対して寂しく感じる気持ちを作品に反映している。なぜそうなったかと言うと、私は周りの人のことがとても好きだと気づいたから。そう思えることは、とても幸せなこと。今後は、そんなポジティブな思いも表現していけたらと思っている。個展では、悲しかったことからポジティブなことまで、幅広く表現した作品を展示する予定だ。人間は考えも状況も変化していくのが普通で、自然なことである、ということを伝えたい。

Q. 室賀:壁全体に風や雨のような記号が配置されていたり、立体があったり、アニメーションがあったり。どのような構造になっている?
A. 松浦:ポジティブな日もあれば、そうではない日もある。それは毎日入り混じっているはずで、そんなちぐはぐな感じを表現したいと思い、ネガティブな作品も、ポジティブな作品も混在させて展示した。

Q. 長崎:展示案と、実際に展示した時とでは違いがあったと思うが、ギャップはあった? 展示は予定通りに行えたか?
A. 松浦:展示案で考えていたところからほとんどギャップはなく、最高! と感じた。

Q. 上西:ネガティブやポジティブの関係性をどう思っている?
A. 松浦:作品を制作するうちに、ポジティブだけでなく、ネガティブも好きになった。簡単に切り分けることはできず、孤独の周りをポジティブで包んでいるという感覚でいる。

汪駸「A-Z」

アルファベットはグラフィックデザインにおいてよく見る作品だが、今回私が制作したのは、自分らしさのあるアルファベットだ。日常生活で見ているもの、自分らしいと思えるものをモチーフにしながら、3DCGで作品を制作した。たまにセクシャルだったり、気持ち悪かったり、ふざけていたりするアルファベットになっている。単純にかっこいいビジュアルのものでなく、人を喜ばせるような作品を作るのが好き。今回は、動画にも挑戦してみた。個展でもモニターを用意して、時間軸がある動画、空間軸がある3DCG表現を融合した作品を作りたい。

Q. 長崎:今後、アルファベット以外に作りたいものはある?
A. 汪:人間の欲を表す肉体を作りたい。今回も少し、そういう要素は入れたが、もっと発展させたものを作ってみたい。

Q. 上西:個展では、アルファベット以外も展示する?
A. 汪:アルファベット以外も展示する予定。もっとたくさんのモニターを用意して、動画作品を増やしたい。

Q. 田中:セクシャルなもの、気持ち悪いもの、それがどう自分らしさにつながっている?
A. 汪:以前はかっこよさを追求していたが、うまくいかなかった。その経験から、もっと遊び心がある、ふざけているモチーフが自分らしいと感じるようになった。

髙橋美乃里「Fossils of shelves」

もののかたちが変わることに興味がある。特に、自分の「常識」にないかたちを探して制作を行っている。ものが雪を被った時のかたちや、錆び付いた時のかたちなど、人の手で操作できない範囲で変わることが面白いと感じている。最近は、遺跡のように時間の経過で変わるものや、利便性が失われた時のかたちに興味がある。今回は棚がモチーフ。遠い未来に出土したらどうなるかなとか、壊れた時はどんなかたちに見えるかな、などを想像して絵画やレリーフにした。個展では、棚だけでなく、いろいろなモチーフで作品を制作したい。

Q. 長崎:床に置かれた右側の棚は、新作なのか? どのような意図で制作した?
A. 髙橋:今回制作した新作。もともと作る予定はなかったが、左側の小さな棚を作った時に、小さすぎて棚には見えないかもしれないなと思い、新たに大きい棚を制作した。

Q. 上西:人の手で操作できない範囲で変わることが面白いと言っていたが、床に置かれている棚の化石のような作品は、髙橋さんの手が加わっている気がするが?
A. 髙橋:ある程度、私の手で操作してしまっているところもある。だが、棚が壊れてバラバラになっている配置は偶然できたように作ることを意識した。

Q. 田中:右側の棚の上に三角形の木の破片が並んでいるが、これは何?
A. 髙橋:棚と関係しているわけではないが、制作過程で出てきた小さな廃材。それが面白く感じたので、大事な作品の一つとして展示した。

 

 

講評&審議

柿坪満実子「someday somewhere」について

長崎「当初予定していた作品のサイズ感から変更したことに、共感を得ることができた。ただし、絵のサイズに対してもう少しこだわりがあってほしい」

上西「当初の展示プランも面白いなと思っていたが、サイズが小さくなったことに納得した。一つ一つの作品に意味があり個性があるので、今回の展示方法では、その良さが薄れてしまっている印象だ」

室賀「当初の展示プランから変更したことでシンボリックな作品がなくなり、良くも悪くも、まとまった感じがする。これはこれでかわいらしい、きれいにまとまっているようだ」

服部「集合的に展示されているが、一つ一つの作品を観ると、それぞれに世界があって、ずっと観ていたくなる力がある。今回のような展示方法ではなく、一つ一つに集中して観てもらう方法があったのかも」

田中「一つ一つの質問に対する答えがしっかりしていて、説得された。今回の展示はどこから観れば良いのかがわからない感じが面白い。コロナの影響も受けて作品を作っているところなど、世の中の変化に敏感に反応しているところも、作家としてすばらしい」

佐川梢恵、森野真琴「REM」について

室賀「ポートフォリオに入っていた、自宅の押入れで撮影した写真がすごく面白かった。それに比べると、今回は新しい驚きみたいなものがそんなに感じられなかった。ただ、展示作品のために作った壁の下のほうにある作品は面白かった」

長崎「ポートフォリオに入っていた押入れでの写真や、森野のメッセージなど、ドキュメントタッチな作品だ」

田中「森野さんの存在は、魅せるためのフックではなく、展示の仕組みとして活用しているのだなと。作品だけでなく、それ以外にも仕掛けを作ることができていて良い。こういう展示をしたら、次は何かやってくれそうなので、期待している」

上西「森野さんが佐川さんに作用し続ける、という構造が面白い。好きとか嫌いとかを超えて、魅力的だな、きれいだな、と感じられる作品だ」

服部「ポートフォリオの時よりも、展示によってバージョンアップしている気がする。森野さんだけでなく佐川さんの方も架空の作家のように感じるおもしろさがある。今回の展示は、神棚のような潔さが気持ちいい」

松浦知子「それはたしか」について

室賀「展示プランから目新しさはなかったが、一つ一つの作品に迫力がある。雰囲気があって面白いし、床にしゃがんでいる像も存在感がある。観ていて飽きない作品だ」

服部「美術的な世界よりも、文学性の世界にいる作家、という印象を受けた。展示の仕方はあまり良くない? と思う。だけど、彼女にとって、そこはあまり重要ではないのかもしれない」

田中「目からビームが出ている絵は、ポートフォリオではよくわからなかったが、展示すると自然な感じ。松浦さんの言いたいことが伝えられている気がする。床にしゃがんでいる像ですら、空間に溶け込んでいる」

長崎「過去の作品も観ているが、松浦さんは頭の中の世界を丁寧に表現できている。アーティスティックなものよりも、日常的なところにフォーカスしても良さそう。物語性を打ち出せば、もう少し鑑賞者とのコミュニケーションをとることができそう」

上西「一つ一つ完成度が高いが、収まりすぎてしまっている印象。彼女の中で完結してしまっているのかも。展示の型にはまっている感じがしてしまうのは、もったいない」

汪駸「A-Z」について

田中「かっこいいものを作ろうして挫折し、そこから自分らしいものを作ろうと思い、この作品を作った経緯が面白い。作品の面白さと、本人の作家としての良さ、どちらも評価できる」

長崎「単純に面白く、楽しめる作品。嫌味がないことは、今の世の中では貴重な存在なので、これは個性の一つなのかなと。でも、ちょっと物足りない感じがする」

上西「かわいらしくてきれい。でも、どうしてアルファベット? 入門としては良い気がするが単なるアルファベット一覧に見えてしまう。もっと変態性があっても良いのかも」

服部「今回の作品は、CG表現のサンプル集みたい。彼の持ち味が何なのかが見えにくかった。個展プランにあった、セクシャルさや気持ち悪さにフォーカスした作品の方が、期待できそう」

室賀「服部さんの言うように、サンプル集のようだ。凝りすぎていないところが、良いのか。透過性があるところや、プラスチックのような素材感。そこが一貫している」

髙橋美乃里「Fossils of shelves」について

上西「第一印象で、好きだと思った作品。棚というモチーフを使っていろいろやってみたところが、面白い。ただし、かたちの面白さを観れば良いのか、時間の経過を面白いと感じれば良いのか、どこを観れば良いのかわからないところがある」

田中「彼女は、自分の外側にあるかたちを探求している。そこに軸を据えていて、とても共感できる。一つ一つの作品をばらばらに観せても面白いのではないか」

長崎「今日、実物をみたら、食べ物っぽさがアップしていた。彼女の絵は、巨匠のような作品というか、どこかで観たことがある感じもするが、展示作品を観ると新しさを感じることもできた」

室賀「今回の展示の中で、一番おおっ!と驚いた作品・グラフィック的で、記号的な面白さ、かわいらしさがあり、全体的にまとまっていてレベルが高いなと。棚が化石になるというテーマも、面白い」

服部「例えば北欧の歴史あるホテルの壁に飾ってありそうな、風格ある絵だなと。質感の気持ち良さや、造形物としての気持ち良さを感じる。一つ一つの作品がどれも好きで、持って帰りたいくらいだが、展示全体で観るとテーマが見えず、どうかな、という感じも」

こうして、ファイナリストのそれぞれの作品に対する講評が終了しました。今回はファイナリストが審査員からの質問に受け答えをするなど、より白熱した時間となりました。

そして、いよいよ投票タイムへ。審査員の方には、グランプリ候補に挙げたいと思ったファイナリスト2名を選んでいただきました。

1回目の投票結果

上西:汪、髙橋
田中:佐川・森野、髙橋
長崎:佐川・森野、髙橋
服部:柿坪、佐川・森野
室賀:柿坪、髙橋

集計すると、髙橋 4票/佐川・森野3票/柿坪2票/汪 1票という結果になりました。そこで、2票以上の票が入った髙橋さん、佐川さん・森野さん、柿坪さんから1人を選ぶことに。まずはその前に、それぞれのファイナリストに票を入れた審査員から選んだポイントや応援コメントをいただきました。

柿坪満実子「someday somewhere」について

室賀「今回の展示についていろいろな議論が行われたので、彼女ならそれを糧に次の個展では面白いものを作ってくれそう」

服部「ミックスされた技法それぞれにレベルが高く、うまいと感じた」

佐川梢恵、森野真琴「REM」について

田中「期待に応えなきゃ! というところが彼女にはあり、何かしてくれそう」

髙橋美乃里「Fossils of shelves」について

上西「個展ではどんなものを出してくれるのか、という期待を込めて」

長崎「彼女にはバイタリティーがある」

田中「審査員から棚というモチーフについて賛否両論あったけれど、個展でももしかしたら棚を使うとか、いい意味で期待を裏切ってくれそうな予感がする」

応援コメントをいただき、2回目の投票へ。

2回目の投票結果

佐川・森野 3票
髙橋 2票

最後まで票が分かれたものの、佐川梢恵さん、森野真琴さんがグランプリに決定しました。

個展は、1年後にガーディアン・ガーデンで開催する予定です。みなさん、ぜひお楽しみに!

FINALISTSインタビュー

佐川梢恵さん、森野真琴さん グランプリ決定!

「グランプリをとれたことはとても嬉しいですが、その分プレッシャーも感じています。審査会では目の前で議論が繰り広げられ、緊張しました。今回の展示では審査員の方の期待に応えられなかった部分があるので、個展では期待に応えたいです。人と人のコミュニケーションに疑問を感じている人に観てもらいたいし、そうでない人にも、何か気づきを感じるきっかけになる展示にしたいです。1年後に向けて、頑張ります」

柿坪満実子さん

「『1_WALL』なら新しい発見や気づきがありそうだなと思い、応募しました。実際に、これまで言われたことのない意見をたくさんもらうことができ、新鮮な経験ができました。作り手に対して真剣に、丁寧に向き合ってくれ、すごく嬉しかったです。迷っている方は応募してみて欲しいです。ここには、応えてくれる人がいっぱいいるので」

松浦知子さん

「ファイナリスト5人で一緒に展示ができて、作者の人たちがどんな思いで、どんな風に作っているのかを知ることができて、面白かったです。審査員の方からいろいろな意見をいただき、分かる人には分かるのだなと感じることが多かったです。今後も作品作りを続けていき、たくさんの人に観てもらう機会を作っていきたいと思っています」

汪駸さん

「もともと作品を展示するつもりではなく作品を作り始めましたが、完成させることができて良かった。ファイナリストになれると思っていなかったので、ここまで来ることができて嬉しいです。『1_WALL』はいろいろなビジュアル表現ができる場です。応募する方は、ぜひしっかりと展示の計画を立てて、挑戦してください!」

髙橋美乃里さん

「『1_WALL』に応募したのは、これが2回目です。グランプリをとれなかったのは残念ですが、審査員の方々から貴重な意見をたくさんもらえたことが本当によかったです。こんなにも丁寧に審査員の方がアドバイスしてくれる公募は他にないと思います。応募して良かったです」