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展覧会レビュー|飯沢耕太郎(写真評論家)

2017.5.19 金

飯沢耕太郎 Kotaro Iizawa

1954年宮城県生まれ。1984年筑波大学大学院芸術学研究科修了。1990〜94年季刊写真誌『デジャ=ヴュ』の編集長をつとめる。近著に『写真集が時代をつくる!』(シーエムエス)、『現代日本写真アーカイブ2011~2013』(青弓社)など。
撮影=ERIC

藤岡亜弥の写真家デビューは、16人の女性写真家たちのアンソロジー写真集『シャッター&ラブ』(インファス、1996年)。以後、同世代の女性写真家たちと比較して、決して派手な存在ではないが、じわじわと心に食い込んでくる作品をコンスタントに発表し続けてきた。写真集として刊行されたのは、ヨーロッパの旅の写真をまとめた『さよならを教えて』(ビジュアルアーツ、2004年)と、広島県呉市の家族をテーマにした『私は眠らない』(赤々舎、2009年)だけだが、他にも台湾やニューヨークに長期滞在して撮影した厚みのあるシリーズがある。ブラジル移民の日系二世だった祖母の足跡を追った「離愁」(2012年)も印象に残る作品だった。2016年には、現在住んでいる広島をデジタルカメラで撮影した「川はゆく」を発表し、同年度の伊奈信男賞を受賞した。

今回、ガーディアン・ガーデンの「Second Stage」の枠で開催された個展「アヤ子、形而上学的研究」は、タイトルが示すように、藤岡のこれまでの写真家としての軌跡を辿り直し、その作品世界を俯瞰的に「研究」しようという試みである。ミニ回顧展といった趣の73点の展示は、7つのパートに分かれていた。「アヤ子江古田気分」、「なみだ壷」、「笑門来福」、「台湾ミステリーツアー」などの初期作品を集めたパートから始まり、「さよならを教えて」、「離愁」、「Life Studies」、「Tokyo Ghost Tour」、「私は眠らない」、「川はゆく」の各シリーズからピックアップされた写真が並ぶ。かなりバラバラな内容の展示ではあるが、写真を見ているうちに、彼女の作品世界に共通する視点の取り方が、少しずつ浮かび上がってくるように感じた。

2000年代初頭、「離愁」と同じ時期に撮影された「Tokyo Ghost Tour」にわかりやすい形であらわれているのだが、藤岡の写真には日常の空間から半ば離脱し、ふわふわと宙を漂うような存在がよく写り込んでいる。それをGhostと呼んでもあながち間違いではないだろう。今回の展覧会に寄せた文章で、彼女は自分の撮影のあり方について、暗闇に向けてフラッシュをたいてシャッターを切るようなものであると述べ、「写真を撮ることでしか見えてこないもの、その不確かな出会いの体験」と記している。藤岡は、気配としてしか感じられない不可視の存在(Ghost)を、写真で捕獲しようという営みを、これまでずっと続けてきたのではないだろうか。「さよならを教えて」にも「離愁」にも「私は眠らない」にも、死者たちの記憶が色濃くまつわりついているように感じる。

その意味では、「川はゆく」のシリーズが、もうすぐ赤々舎から写真集として刊行されるのがとても楽しみだ。そこにはヒロシマの死者たちの姿が、現実の眺めと二重映しに写り込んでいるはずだからだ。前作の『私は眠らない』から8年、新たな写真集の刊行は、藤岡の写真家としての仕事の一つの区切りになるのではないかと思う。