松本ミョジさん 「わすれたがらない人」
大人になる上で、人は変わっていく。さまざまなことを経験して、なにかを失ったり、なにかを得たりする。しかし、私たちは気づかないうちにその変化を受け入れている。変化する過程の、何者にもなりたくない、変化を許したくないと思っているもやもやとした自分を覚えておきたいと思い制作した。今回は、カレーがモチーフ。
Q.長崎:制作を続けていく上で、もやもやとした気持ちはなくなってしまうのでは?
A.松本:もやもやした気持ちがいずれなくなってしまうことが、自分でもわかる。だからこそ今、記録したい。
Q.室賀:今後もアニメーションを使うの? その際、音をつけたりはするの?
A.松本:本当は絵を展示しようと思っていたのが、制作していくうちにアニメーションになっていっただけなので、今はまだわからない。いずれ音は、必要になると思っている。
堺 友里さん 「Elysium」
キャラクター、文字、図形、線といったさまざまなモチーフがあるだけで、つながりが生まれ一つのかたちを構成できる。そのアンバランスさがバランスをつくり、関係性のないもの同士がつながりを生み出していくことの良さを感じてもらいたい。個展では、音楽を流したり、絵の周りに動物を置いたりゴミを置いたりしたい。
Q.菅沼:一つひとつの絵にサイズや素材を表記したキャプションをつけているが、これはなぜ?
A.堺:展示するなら、どんな素材でつくっているのかなども観てくれる人に伝えたいと思ったから。
Q.長崎:なぜ、個展では絵だけではなくて動物やゴミを周りに置こうとしているの?
A.堺:インスタレーション作品として空間づくりをし、動物やゴミの中に絵を置くことで、さらに絵そのものの強さを引き立たせるため。
唯二さん 「パターンネイション」
どこまでがイラストレーションで、どこからがパターンの領域か。実物に近いイラストから、紙や布に印刷するために簡略化されたパターンイラストになるまでの過程を表現した。左側に並んでいる絵が実物に近いかたつむりのイラストで、右にいくにつれて簡略化されたかたつむりのパターンイラストに近づくという構造にした。
Q.室賀:「パターンネイション」というタイトルの意味は?
A.唯二:左側に並ぶイラストレーションと右側に並ぶパターンイラストが合わさっていくという意味を込めて、二つの言葉を掛け合わせた。
Q.大原:かたつむりが描かれた紙を、一枚の大きな紙ではなくそれぞれ別の紙にしたのはなぜ?
A.唯二:それぞれのかたつむりのモチーフが、元々は単体であるということを強調したかったから。
Aokidさん 「KREUZBERG」
プレゼンボードの端を組み合わせていくと、小さくて可愛いパズルのようになり、自分の作品がどこへでも行けそうな身軽なものになったように感じる。それらを組み合わせて立体にすることで、絵というよりもダンスへと近づく。ボードの覗き穴から作品を覗けば、また見え方が変わっていく。個展では、絵を展示することはもちろん、ダンスも披露したい。
Q.都築:作品の余白部分は何を表しているの?
A.Aokid:余白は宇宙を表しているし、作品を観てくれる人のためのスペースだとも思っている。この余白があることで、他人や外の世界と繋がることができる。
Q.居山:展示作品とダンスの関係性は? 個展ではどう二つを交わらせるの?
A.Aokid:展示作品は、白い紙を絵で埋める作業。ダンスは、自分の体を使って空間を埋める作業。二つはとても似ていると思う。個展では、二つを組み合わせるのではなく、絵の前に白い布をかけて作品を隠し、そこで踊ることも考えている。
宮原 万智さん 「invisible layers」
風景画の空間描写については、古くから語られてきた歴史がある。しかし、パソコンや携帯電話の中にある仮想空間と現実を行き来する、現代の私たちの空間に対する捉え方については、あまり語られてこなかった。それを、私は自分なりに表現しようとしている。今回の作品のモチーフは、現在私が住んでいるベルリンの街。
Q.菅沼:ベルリンがモチーフというが、どのあたりにベルリンらしさが出ているの?
A.宮原:ベルリンやドイツの歴史的な日付や言葉を、作品のところどころにちりばめている。
Q.長崎:都市はたまたまモチーフになったの?
A.宮原:今一番、関心があるものを選んだ結果、ベルリンの街になった。ドイツは日本と同じく敗戦国で、都市を創り直している。都市の空間計画を学ぶ私にとって、とても興味深い場所です。
鈴木 葉音野さん 「PAPER | FABRIC」
さまざまな色、質、匂いなど物質感の感じられる紙を洋服のように編み込んで作品をつくることで、グラフィックとテキスタイルの中間の表現があるのではと思っている。今回は、多種多様な紙を使ってその可能性を探ってみた。個展では空間全体を使いこなし、まるで空間自体を編み込んでいるかのように見せたい。
Q.大原:展示作品の一部として作品集のような本が置いてあるが、これはなぜ?
A.鈴木:本にできるくらいたくさんの数を制作すれば、自分のしている意味がなにかわかるかもしれないと思った。そして、今回は本にして展示の一部として置いている。
Q.居山:壁一面に展示された紙は編むというより構造的だが、他の作品とどう関連性があるの?
A.鈴木:編み込むという共通点の中で相互作用が生まれるような展示を狙った。
Aokidさんが手づくりのサメを持ってマイクの前へ登場するというサプライズもあったプレゼンテーションも終わり、休憩を挟んでいよいよグランプリ決定の審議へと入ります。
まずは、今回の「1_WALL」全体の感想を、その次にファイナリスト一人ひとりの作品についての感想を、審査員の方々に語っていただきました。
今回の「1_WALL」について
居山さん「6人のキャラクターがさまざまで、面白かった。今後の作品も観たい人ばかり。」
大原さん「プレゼンテーションが面白かったし、それぞれ作品との向き合い方もよかった。」
都築さん「いつになくスリリングな雰囲気だった。視点によってめまぐるしく基準が変化する作品が多かった。」
室賀さん「完成形の作品はないが、6人全員がそれぞれのテーマや同時代的な課題ときちんと向き合えている。」
長崎さん「それぞれプレゼンテーションが面白かったが、そういう説明をしなくても作品だけで鑑賞者に何かを伝えられる力も持ってほしい。」
松本ミョジさん 「わすれたがらない人」について
大原さん「展示をする上での制約があることを、こちらが逆に考えさせられ、課題を投げかけられているような気分だ。」
居山さん「誰もが考えさせられる道筋を、改めて思い出させてもらった。作品としてアウトプットする方法をもう少し探っていってほしい。」
長崎さん「つくりこまない彼女のスタイルが好きだが、今後も人に見せるのなら、もう少し意図的に作品をつくりこんでもいいかもしれない。」
室賀さん「深読みのできるモチーフであるのに、本人はそれをあまり意図していない。それが、今時の若い作家である彼女の面白さなのかもしれない。」
都築さん「彼女の感性はするどく展示には驚かされたが、テーマが内省的なので、作品に賛同してくれる人は限定されてしまうかも。」
堺 友里さん 「Elysium」について
長崎さん「展示を見ると、よい意味で一つの作品というより部分の集まりといった感じがする。すでにトリミングされたかのようだ。」
大原さん「6人の中では一番、作品に対して一歩引いたところから客観的に向き合えている。」
室賀さん「鉱物の名前であったり、キャラクターのような顔であったり、さまざまな要素があるのに、きちんと作品として収まっている印象。」
都築さん「かっこいい作品。僕自身も挑戦してみたいが、彼女のようにはできない。」
居山さん「絶妙にバランスのとれた作品。個展のプランは驚きだったが、彼女ならなんとかうまくまとめられそうなので、観てみたい。」
唯二さん 「パターンネイション」について
大原さん「どこまで簡略化したら、かたつむりとして認識できなくなるのかまでは突き詰めていないという問題もあるが、面白い。」
室賀さん「パターンイラストとは何かを原理的に突き詰めるとかなりの勉強が必要だが、そうではなくて、彼女にしかない理論と両立しながら表現できれば、今後よくなるだろう。」
都築さん「もっと簡略化してみたり、さまざまなモチーフで試してみてほしい。」
居山さん「ただ単に簡略化するのではなく、自分なりのパターンの解釈や捉え方があると、もっと面白くなりそう。」
長崎さん「今回の展示は40枚の紙できれいに整頓されている印象だが、枚数にとらわれずに描いても面白いのかも。今後もたくさん描いていってほしい。」
Aokidさん 「KREUZBERG」について
都築さん「彼がファイナリストになるのは3回目。回を重ねる度にどんどんよい作品になるし、説明も説得力があった。」
室賀さん「何度か彼の作品を観てきたが、今回が一番、彼の世界観がわかりやすく、完成度も高い作品だった。」
長崎さん「作品づくりが楽しいという感覚で終わってしまい、あまり考えていないのかと思えば、説得力のある説明もしてくれる。彼の成長を感じた。」
居山さん「何度か観ている中で、一番面白い作品だった。彼は常に新しいことにチャレンジしている。」
宮原 万智さん 「invisible layers」について
大原さん「ある程度、彼女の意図やテーマを知ってからでないと、理解することのできない作品。初めて絵だけを観た人にはインパクトがないかも。」
室賀さん「作品を観てどう感じてほしいのか、それは本来作家が考えるべきことではなく観る人がそれぞれ考えればいいのかもしれないが、この「1_WALL」では考えるべきかもしれない。」
長崎さん「パーソナルなテーマの作品が多い中、外側にむかった視点を持っていてそこは好感を持てるが、作品だけを観た人にその意図が伝わらないのが残念。」
居山さん「プレゼンテーションと作品をセットで観て、初めて彼女の意図が鮮明になる。もっと作品だけで伝わる方法を考えてもいいのかも。」
都築さん「聞きたいことがたくさんある。彼女には、可能性を感じられる。」
鈴木 葉音野さん 「PAPER | FABRIC」について
長崎さん「小さいサイズの作品が一番よい。大きくなるにつれて、ただ拡大するだけになっている気がする。惜しい展示になった。」
居山さん「バリエーションの豊富さに感心した。展示の見せ方で損をしている。」
室賀さん「コアなアイデアがとてもよい。ありそうでなかった作品だ。」
都築さん「とても楽しい作品だが、今後の展開が難しそう。それは、本人も自覚しているのでは。」
大原さん「皆さんがいろいろと意見を言いたくなるのは、未完成であるにしろ、そこに光るものがあるから。頑張っていってほしい。」
審査員の方々がそれぞれのファイナリストへの感想を述べた後、いよいよグランプリを決定する投票へ。ファイナリストの中から二人を選び、順に発表します。
投票結果
居山:堺・Aokid
大原:宮原・鈴木
都築:堺・Aokid
長崎:堺・Aokid
室賀:Aokid・鈴木
結果は、Aokid 4票/堺 3票/鈴木 2票/宮原 1票に。
そこで、4票獲得したAokidさんと3票獲得した堺さんとで決選投票が行われることになり、二人に投票した審査員から応援のスピーチが。
都築さんがAokidさんについて「個展で今回の作品を超えるものがつくれるかどうか、興味がある。」
室賀さんがAokidさんについて「メディアに発表することに関して、一番考えられているのは彼だ。」
居山さんが堺さんについて「彼女の力があれば、個展も上手くいきそう。」
長崎さんが堺さんについて「キャラクターの顔の描き方が好み。」
そして、Aokidさんか堺さんかを選ぶ、二回目の投票へ。
結果は…
Aokid 3票/堺 2票
3票を獲得したAokidさんが、ついにグランプリに決定!
Aokidさんは、「1_WALL」に応募するのは実は7回目。そのうち、ファイナリストになったのは、なんとこれが3回目。ご本人は、「グランプリを獲れなくても次がある、と次回の「1_WALL」への応募作品についてすでに考え始めていました。グランプリが決まったことで、今は少し戸惑いもあります。」とおっしゃるものの、出品するたびにレベルアップしていく成長ぶりを認められ、個展への期待も込められたAokidさん念願のグランプリ受賞となりました。
最後は、ファイナリスト全員に記念品が授与され、公開最終審査会は幕を閉じました。
Aokidさんの個展は約一年後にガーディアン・ガーデンにて開催する予定です。
最後に、審査会を終えてほっとした表情を見せるファイナリスト一人ひとりに、第12回グラフィック「1_WALL」の感想や今後の目標をお聞きしました。
松本さん
「1_WALL」に応募したのは、今回が初めてです。みんなに観てもらう機会が今までなかったので、今回こうしてファイナリストに残り作品を観てもらうことができて、本当によかったです。公開最終審査会はもっと静かに淡々と進むのかと思っていたら、審査員の方の鋭い意見や思ってもいなかった面白い意見が飛び交う、とても面白い公開最終審査会でしたね。将来のビジョンはまだ見えていませんが、これからもステップアップしていきたいです。
堺さん
プレゼンテーションが上手くいかなかったので、1票も入らないだろうと思っていたら3人の方から票が入り、意外ではあったのですが、やっぱり嬉しかったです。今回の作品は、自己採点すると100点中80点かな。 審査員の方に自分の意思や思いを上手く伝えることができなかったので、20点のマイナス。その辺りが、今後の課題になってくると思います。もっともっと勉強して、また「1_WALL」へチャレンジしたいです。
唯二さん
前回もチャレンジしたのですが、その時は一次審査も通過することができませんでした。今回ファイナリストに残ることができて、ほんとうに嬉しかったです。しかし、自分がやりたいこと、考えていることに画力がまだ追いついていない状態だということを、改めて認識させられました。グランプリのAokidさんの作品は、みんなを楽しませてくれる作品。私も、あんな風に人を楽しませるような作品をつくっていきたいです。
Aokidさん グランプリ決定!
「1_WALL」に挑戦するのは、これが7回目です。年に2回、定期的に行われるこのコンペティションは、大学で美術学科ではなかった僕にとって学校のような存在。毎回新しい発見があって、はっとさせられます。応募しようか悩んでいる方は、ぜひ応募してみるべきだと思います。今は、グランプリを獲ってしまったからこそ何をしようかという不安もありますが、自分のできること、やるべきことをやるだけだと思っています。観てくれる皆さんが面白い、楽しいと感じてくれるような、そんな個展にしたいと思います! 本当にありがとうございました。
宮原さん
ファイナリストに残り、審査員の方からさまざまな意見をいただけたことで、今後は、作品単体で意図や想いを表現できる作品をつくろうと思えるきっかけになりました。ドイツで作品を人に見せた時と、今回、日本で見せた時の反応がまるで違い、そこも面白いポイントであり、私にとって大きな収穫となりました。今後も描き続けていくことで、言葉や説明抜きでも単体で成り立つ作品づくりを目指して、技術を高めていきたいと思っています。
鈴木さん
すぐ目の前で審査員の方から意見やアドバイスを聞けるコンペティションは、「1_WALL」だけだと思います。二次審査の時も、審査員の方に直接意見をもらえたことで、展示ではさっそく生かすことができました。それでも、今回の作品は反省すべき点がたくさん。とても勉強になりました。一つの会場にテーマも考え方も手法も違う6人が集まり、一緒に展示をやってグランプリを競うというところも面白くて、「1_WALL」でしか味わえない体験ができました。